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「本が焼かれたら、灰を集めて内容を読みとらねばならない」(ジョージ・スタイナー「人間をまもる読書」)
 
「重要なのは、価値への反応と、価値を創造する能力と、価値を擁護する情熱とである。冷笑的傍観主義はよくて時間の浪費であり、悪ければ、個人と文明の双方に対して命取りともなりかねない危険な病気である」(ノーマン・カズンズ『ある編集者のオデッセイ』早川書房)
 
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2015年2月9日月曜日

『国家と秘密』を読む〜実害編その3

 
 
【PUBLICITY 1964】2015年2月9日(月)
■『国家と秘密』〜実害編その3
freespeech21@yahoo.co.jp

▼実害編の最終回です。今号は

・制度設計をめぐる官僚の無能
・沖縄密約の顛末
・戦後外交文書の公開からわかること

の三本柱。

▼『国家と秘密』(集英社新書)には、「維新の党」が〈官僚の思うつぼにはまった〉(168頁)事例が挙げられている。

特定秘密保護法について少し調べた人なら誰でも、「特定秘密の延長期間」について読んだ覚えがあるだろう。特定秘密が特定秘密である期間は「5年以内」だが、「30年」まで延長できる。さらに、閣議決定によって最大「60年」まで延長できるようになった。じつは暗号などはさらにさらに期間を延ばすことができる。どんだけ~

▼そもそもこの法律は【外務大臣や防衛大臣が特定秘密を扱えない】ようになっている。要するに官僚が暴走した時、誰も止められない(国会が機能しない)ところに最大の問題があるのだが、ま、そのうえで、「60年」について。

▼これは〈自民党と日本維新の会との修正協議で合意された部分〉であり、瀬畑源氏は〈維新の会はこれによって年数に歯止めをかけられたと考えたわけですが、私はこの報道を見た時、公文書管理制度を理解できていないから「良くなった」と勘違いしたのではないかと思いました〉(166頁)という。

なにをどう勘違いしたのか。これ、とってもややこしくて長い説明になっちゃうのだが、次の「カラクリ編」にもつながる話なので、興味のある人は読んでみてね。法律だけつくってもまるでダメだということがよくわかる。

「秘密保護法」の場合は、「公文書館」の存在を埋め込んだ「制度設計」を考えなければならなかった。具体的には「情報公開法」「公文書管理法」との関係を考えずに突っ走ったから、「特定秘密保護法」は弊害ありまくりの代物になってしまったわけだ。

大事なところは適宜【】。ぼくの感想は(※)。


――――――――――――――――――――――――――――
そもそも、各行政機関の長が「特定秘密」を指定し、かつ監視機関が強力でなければ、必然的に「期間を延ばせるだけ延ばす」という心理が働きます。すでに述べたように、【秘密を指定することは処分の対象になりませんが、解除すべきでないものを解除すれば処分の対象となる】でしょう。(※そりゃそうだ。だからわざわざリスクをとるはずがないね)

なお、「内閣の承認」が得られればとなっていますが、閣議で大臣たちがいちいち文書を精査してチェックすることは、時間的にも能力的にも不可能ですから、リストが提出されて、それを無条件で承認することになるのは目に見えているのです。

よって、むしろ【「六〇年まではOK」とばかりに秘密指定を延長するインセンティブが働く可能性が高い】です。さらに六〇年以上に設定できる情報も相当に範囲が広く、永久に指定し続ける可能性もありうるでしょう。年数に歯止めをかけるのなら、「原則最長三〇年+必要なもののみをさらに三〇年まで」とすれば、まだ話はわからなくはないのですが。

では、なぜこういう「勘違い」が起きるのか。それは、【「特定秘密解除」=「公開」と誤解されているから】ではないでしょうか。(※この一文が肝。以下、秘密保護法と公文書館とは本来どういう関係なのかを念頭に置いて読めばよくわかります)

第三章ですでに論じたように、【たとえ国立公文書館等に移管されたとしても、そこでさらに公開審査が行われるのであり、即公開ということにはなりません。】専門家によって公開してよいか否かの判断がなされるのです。

ですから、本来なら、特定秘密の指定を三〇年で原則解除して、国立公文書館等に移管をするのがあるべき姿なのです。もしくは、国立公文書館等の職員も適性検査を受けさせ、特定秘密のまま移管し、その解除は国立公文書館等の側に検討させるという仕組みがあってもよいのです。

【そうした仕組みが必要な理由は、各行政機関が公開・非公開を判断するのではなく、そこから切り離された機関が客観的に判断できるようにするためです。】また、各行政機関では古い文書は倉庫に山積みにされ、何が重要なのか分からなくなっていることが多く、紛失や誤廃棄などが起きやすいのです。

国立公文書館等では、文書がカビたりしないように、温湿度の管理などをしっかりと行っていますが、各行政機関ではそこまで保存方法をセンシティブに考えてはいないので、文書が劣化してしまって読めなくなる恐れがあります。

例えば、一九八〇年代~九〇年代にかけてワープロなどでよく使われた感熱紙は、扱いがずさんだと色が飛んでしまい、文章が読めなくなってしまうのです。

【本来ならば、専門的な知識を持つ国立公文書館等できちんと保存され、専門家の判断で公開・非公開を決めるような制度設計が必要なのです。】しかし、そういった発想がこの法律には欠けています。

国立公文書館等は独立行政法人であり、人員も少ないという「弱小」機関ですので、各行政機関は国立公文書館を信用していないと思われ、そのために「自分たちで特定秘密を抱え込む」という選択をしたがっているのです。それに維新の会は乗っかってしまったのです。国立公文書館の強化こそ先に必要なことだったのではないでしょうか。

『国家と秘密』166―168頁
――――――――――――――――――――――――――――


▼そうそう、信じられないことに、国立公文書館って独立行政法人になっちゃったんだよね。さらに弱まってしまった。ニッポンの官僚たちがどれほど「近代」の意味を理解していないかがわかる事例だ。法治国家における官僚の存在理由は、そして国民にご奉公した証しは、「公文書」しかないのにさ。

『国家と秘密 隠される公文書』の帯に載っていた写真。敗戦直後の通達だ。
よく見ないとわからないのだが、「本文書ハ焼却(しょうきゃく)相成度(あいなりたく)」と
書いてある。つまり「焼け」という命令。象徴的な一言だ。



実害編は、あと二つ挙げておしまい。「おわりに」から。

一つは、有名な沖縄密約をめぐる最高裁判決。


――――――――――――――――――――――――――――
この裁判は、沖縄返還をめぐる密約文書の開示を求め、元毎日新聞記者の西山太吉さんや作家の澤地久枝さんなど二三人が二〇〇九年に国を訴えていたものです。二〇一四年七月一四日の最高裁判決は、密約文書が存在したこと自体については、二審の東京高裁判決を支持し、認めざるをえませんでした。(※ま、当たり前だよね)

しかし、「すでに文書は廃棄された」という国側の主張を認め、「開示せよ」との訴えについては退けています。【情報公開の請求者に対し文書の存在を証明する責任まで求めた今回の判決は、情報公開法と公文書管理法の基本理念に反しており、行政が自分の都合で情報を隠すことを認める特定秘密保護法の論理に立つものです。】

184―185頁
――――――――――――――――――――――――――――


▼沖縄密約はほんとにひどい。元検事総長の松尾邦弘氏は以下のように語っている。――が記者、「」が松尾氏。

〈――(※西山さんの)有罪が確定して20年余り後の2006年、吉野さん(※吉野文六元外務省アメリカ局長)は「密約」の存在を認めました。

「当時、私は検事総長でした。危ない事件になった、と感じました。吉野さんが真相を語ったことで、検察の起訴判断時の土台は崩れてしまった。結果として、【『密約』という嘘を暴いた西山さんの有罪は確定したまま、嘘をついた方はお咎(とが)めなしという事実だけが残った】のです」

(中略)「(※当時)どういう形で申し合わせがあったかわかりませんが、【政権中枢や外務省関係者は明白に虚偽の証言をした。検察の調べに対しても、上から下まで虚偽の供述を重ねていたのです。国家権力は、場合によっては、国民はもちろん、司法に対しても積極的に嘘を言う。そういうことが端無(はしな)くも歴史上、証明されたのが密約事件です。】

【歴史の中で、あそこまで露骨に事実を虚偽で塗り固めて押し通したものはありません。】国家の秘密をめぐっては、こういうことがあるんだ、と検察官、裁判官も、事実として認識すべきです」(朝日新聞2014年12月10日付)〉

検事総長に「嘘をついた」って言われたら怖いよネ。

▼続いて最後の一つ。


――――――――――――――――――――――――――――
また、戦後外交文書の二〇一四年七月二四日の公開で、一九六一(昭和三六)年一一月の核兵器使用禁止を求める国連決議に日本政府が賛成投票したのは、国内世論に対する配慮からであったこと、一九六四年の中国の核実験に関していえば、警戒を強めていた米政府とは異なり、日本政府は極めて楽観的な見通しで臨んでいたこと、などが、初めて明らかになりました。

このような国の安全保障に関する重要な情報も、今回の特定秘密保護法の下では、半永久的に秘密に付される公算が高くなります。安全保障に関する情報といえども、「特定秘密」という例外扱いにせず、あくまで情報公開法と公文書管理法の枠組みの下に置いておくことの大切さが、改めて示されたといえるでしょう。

185―186頁
――――――――――――――――――――――――――――


▼次は「カラクリ」編と題して、さらに『国家と秘密』を読み込んでいきたい。


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2015年1月17日土曜日

『国家と秘密』を読む~実害編その2


マラーやデムーランの監督下では、咬みつきたがる獰猛な番犬だった新聞も、 
これはしたり! 嬉々として尾(しっぽ)を振りながら、 
彼の足もとにじゃれついてくるではないか。 
新聞だって鞭をくらうよりも、ビスケットを食うほうが好きなのだ。

ツワイク『ジョゼフ・フーシェ』岩波文庫、144頁、高橋禎二・秋山英夫訳



【PUBLICITY 1961】2015年1月17日(土)
■『国家と秘密』~実害編その2■
freespeech21@yahoo.co.jp


▼『国家と秘密』(集英社新書)に列挙された「公文書隠しの実害」の歴史を続ける前に、毎日新聞の良記事を紹介しよう。大阪社会部の日下部聡記者が1月8日付で書いた記事。キーワードは

〈「どうなる」ではなく「どうする」〉

▼前号でぼくは、『国家と秘密』から

〈そもそも犯されるというに足るほどの知る権利を、戦後日本の国民は、持っていたのでしょうか?〉(13頁)

という強烈なライトモティーフ=Leitmotivを引用した。ただしもちろん、知る権利はわずかかもしれないが「ゼロ」ではないし、そのゼロではないものを広げる努力に価値はある。

〈(戦後日本の情報公開や司法のチェックが)十分に機能しているかどうかは議論の余地がある。しかし、戦前になかった多くの民主的な制度を私たちが手にしているのは事実だ。〉

日下部記者はこの「事実」を地道に示してきた優れた新聞記者の一人だ。〈情報公開法に基づき、私は特定秘密保護法案の検討過程の記録を開示請求した。段ボール箱約20個分もの文書が届いた。黒塗りもあったが、分かったことも多かった。▽内閣法制局が当初、必要性に疑問を呈していた▽原案を作った内閣情報調査室は、法が国民の基本的人権を侵害する危険性を認識していた――などと記事にした。〉

▼また、ある警察庁幹部からは、匿名ながら次のコメントを聞き出している。

「今は公開できない情報も、後世の人々には記録として残していく必要があると思うのですが」という質問に対し、

「それはそう思いますよ」「外国から情報を受け取るために、法が必要なのは確かです。しかし、実務上はこれまでも特に困ったことはない。個人的には、罰するのは公務員側だけにするとか、もう少し絞った法律でもよかったと思う」

▼もう一つ、特定秘密保護法に反対し、成立後は同法の運用基準をつくる諮問会議委員になった清水勉弁護士のコメントも印象深い。

〈反対派からは「取り込まれた」と非難する声も上がった。しかし、清水氏は言う。「『成立したら負け』ではないのです。できてしまった以上、少しでもまともな法律にするにはどうするかを考え続けなければならない」〉

まったくそのとおりだ。〈運用基準には清水氏の意見も一定程度反映された。諮問会議は今後も年1回、法の運用状況に意見を述べる。〉

記事の末尾は〈特定秘密だけに目を奪われることなく、あらゆる非公開情報に民主的なコントロールの仕組みを埋め込んでいかなければならない。情報管理の基礎となる公文書管理法の充実も重要だ。主権者である私たちは、「どうなる」ではなく「どうする」を考えたい。〉と結ばれている。完全に同意である。

新聞記者は自らすすんで権力の鞭をくらう必要はない。と同時に、すすんでビスケットを食らう必要もない。しかし、あちらでもこちらでもビスケットをくわえ始めた時、くわえないだけで同調圧力にさらされるきらいが、ニッポン社会には強い。「知る権利」を押し広げるスピードは、まるでカタツムリのようだ。



▼さて、公文書隠しの実害編を続けよう。

公文書を焼いて、隠したおかげで、どえらいこともしでかすことができた。「東京裁判」である。とにかく文書=証拠が消えたわけで、〈日本側は尋問などに積極的に協力することで、裁判の方向づけにかなりの影響力を及ぼすことができたのです〉(36頁)

▼また、〈日本近現代政治史研究者の世界では、

「公文書には重要資料はろくに残っていない。遺族の元をまわって私文書を収集する方が重要」

という認識が「常識」ですらあった〉という。(37頁)

たとえば、わが日本では〈海軍の最高機密文書が一財団法人の手によって保管されていた〉(35頁)ことをご存知だろうか。ちなみにこの文書は海軍の最高統帥命令である「大海令」だ。

▼〈(敗戦までの)官僚たちは、「天皇の官吏」であり、国民に対する説明責任を負っていませんでした。〉(42頁)。

そして敗戦後もいわゆる「縦割り行政」の仕組みは残り、

「憲法は変われど、行政法は変わらず」

と相成った(50頁)。さらに後年、行政管理庁が進めた文書の廃棄によって

〈「戦前の方がまだ公文書は残っている。戦後の方が残り方は酷い」

という話を色々なところで耳にします〉(55頁)などという事態が進んだ。国立公文書館は独立行政法人と化した。つまり国の機関ですらなくなった(80頁)。

▼『国家と秘密』には、公文書隠しにまつわる有名な事件も続々と紹介されている。

1995年。高速増殖炉「もんじゅ」がナトリウム漏れで燃えた時、〈動力炉・核燃料開発事業団が事故直後の映像を編集して公開し、事故を小さく見せようとしたことが発覚。〉(73頁)

1996年。〈薬害エイズ問題に関する重要な資料が「発見」され、菅直人厚相がそれを公開して謝罪する事件がありました。〉(同頁)

同じころ、「住専=住宅金融専門会社」の不良債権処理(なつかしいなあ)が大問題になっていた。〈大蔵省が過去に行った住専への検査結果を「守秘義務」を名目に隠そうとしたことも注目されました。〉(同頁)

2007年の「消えた年金問題」も、要するに〈公文書管理がずさんであったが故に〉起きた問題だった。(86頁)

「C型ウイルス感染」もあった。〈文書管理のずさんさが、国民に実害を与える〉(87頁)典型例なので、少し長いが引用しておく。

〈二〇〇二年にフィブリノゲン製剤の投与によるC型肝炎ウイルス感染についての報告書を作成した際、患者名が記載されていた症例一覧表を入手していたにもかかわらず、本人へ罹患を告知しなかったことが二〇〇七年に発覚したのです。このため厚労省は、故意に事実を隠した疑いがもたれました。

この批判を受けて、厚労省は調査チームを立ち上げました。その調査の結果、放置された理由の一つとして、「倉庫内の文書の保管や管理は極めて不十分で、文書管理に組織としての問題があった」ことが挙げられました。放置された資料が保管されていた地下倉庫は、「どの書棚にどの書類がある」かが系統立てて整理されておらず、文書ファイルの背表紙に件名が記載されていない、ダンボールに入れられて文書が放置されているなど、まともな管理がなされていない状態にあったのです。この結果、重要な文書が見つけられずに放置されたのです。〉(同頁)

▼実害編、もうちょっと続く。


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2014年12月10日水曜日

『国家と秘密』を読む~実害編その1


この国では、
国の命令で戦地に赴いて戦死した兵士たちの情報すら、
虫食いにしか残っていないありさまなのです。

 『国家と秘密 隠される公文書』34頁
久保亨・瀬畑源著、集英社新書、2014年


【PUBLICITY 1959】2014年12月10日(水)
■『国家と秘密』~実害編その1■
freespeech21@yahoo.co.jp


▼2014年を象徴する漢字を一文字選ぶとすれば、断然、

「秘」

でしょうナ。安倍晋三総理(岸信介の孫)や麻生太郎副総理(吉田茂の孫)の暴走が続いているから「孫」でもいいけど。孫だとあんまり迫力ないもんね。

▼きょう12月10日、特定秘密保護法が施行される。今年、国政のレベルでとんでもない暴走が続いたが、最悪の事例がこの法律の施行だった。全国紙では毎日新聞が粘り強く批判を続けている。

▼今年読んだ本からどれをオススメしようかと考えたが、とりあえず一番最近読んだ本を。前号で予告したとおり久保亨・瀬畑源の共著『国家と秘密 隠される公文書』 (集英社新書、編集者は伊藤直樹)だ。

本誌で集英社新書といえば、「水の民営化」問題で佐久間智子さんにロングインタビューした際、基本書として読み込んだ『「水」戦争の世紀』(モード・バーロウ、トニー・クラーク)である。しびれる傑作だった。

『国家と秘密』は『「水」戦争の世紀』と同じく、読んで、いったん解体して、自分の手で再構成するに値する良書だ。そうすることで、「国家と公文書と国民」にまつわる実像が浮き彫りになる。具体的には、

・国が情報を隠すことによる「実害」編
・法の網をかいくぐって隠す「カラクリ」編
・「その他」編

の3つの括りに分けてみたい。まず今号は「実害」編。


▼2014年10月に発刊された『国家と秘密』は、もちろん特定秘密保護法に対する批判に重きが置かれているわけだが、「知る権利」を考える射程距離がとても長いところに特長がある。

同法が強行採決された前後、「国民の知る権利」が云々という批判がたくさんあったわけだが、本書の劈頭(へきとう)、いきなり先入見を叩き壊される。

〈そもそも犯されるというに足るほどの知る権利を、戦後日本の国民は、持っていたのでしょうか?〉(13頁)

本書の前半は、この強烈な一文の証明に充てられる。いわば「公文書隠しから見た近現代日本史」、明治以降、日本という国家が様々な情報を隠したことによって、日本に住む人々がどのような実害をこうむったのかを示す実例のオンパレードである。

以下、内容の要約と該当頁数を列挙しよう。日本の「国益」とは「日本国民にとっての利益」【ではない】ことが、あらためてよくわかる。

▼無いも同然の経済財政文書 15頁~

〈例えば水質汚染や大気汚染による健康被害に関し、行政関係機関と一人ひとりの担当者が、どのような情報に基づきどのような政策判断をしてきたか、責任の所在はどこにあるのかということは、大部分が闇に包まれてきましたし、今もそうなのです〉(16頁)

▼薬害エイズ事件 16頁

▼水俣病 17頁

▼戦後外交文書の公開が遅すぎる 18頁

▼1931年、満州事変が勃発した時の情報隠し 19頁~

〈(1931年9月18日の)柳条湖での鉄道爆破事件が出先の日本軍(満洲駐屯の関東軍)による謀略であったことは、すでに史実として明白になっています。

日本の権益であった鉄道線路(南満洲鉄道株式会社線)を日本軍自身が爆破し、それを中国軍のしわざと偽り、その虚偽を口実に「中国を懲らしめる」軍事行動を開始したのでした。軍はそのことを秘密にしました。

しかし、爆破が日本軍の謀略ではないかという観測は、当時、外交官などからの連絡により日本政府の中にも流れていたのです。にもかかわらず、その情報は戦後にいたるまで公開されませんでした。(中略)情報がきちんと公開されていれば、日本は戦争への道に踏み込まずに済んだかもしれないのです〉(20頁)

▼1941年、太平洋戦争前夜の戦力比較 21頁
加藤陽子の研究(朝日新聞2013年12月3日付)に拠る

▼沖縄返還密約 21頁

▼2周遅れの情報公開
他の国と比べて
公文書館整備の遅れ(23頁)と
情報公開法制定の遅れ(25頁)がひどい。

▼公文書を焼く実例 31頁

そもそも太平洋戦争に負けた時、日本政府は国家にとって不利になるおそれのある公文書を焼くよう、正式に命令している。彼らは【公文書を廃棄せよと閣議決定していた】のだ。命令はじつに市町村レベルまで幅広く及んだ。今号冒頭の引用は、その一つの結果である。無惨なものだ。

一読、あまりにビックリしたので、引用されている論文の一つ「敗戦と公文書廃棄 植民地・占領期における実態」を読んで確かめてみましたよ。(加藤聖文、「史料館研究紀要」第33号、105頁、平成14年3月)。

〈公文書廃棄に関しては、一九四五年八月一四日の閣議によって機密文書の廃棄が決定され、これに基づいて各官庁では組織的かつ大規模な文書焼却が行われた。特に陸海軍では同日中に陸軍大臣の命令によって高級副官名で全陸軍部隊に対し「各部隊の保有する機秘密書類は速かに焼却」することを指令し、末端部隊に至るまで徹底した文書焼却が行われた〉(105頁)

うへー。しかも、というか、当然、というか、〈この指令は在京部隊に対しては電話、その他は電報によって伝達し、電報および原稿は焼却された。陸海軍における文書焼却については、原剛「陸海軍文書の焼却と残存」(『日本歴史』第五九八号、一九九八年三月)で紹介されているが、文書の焼却指令に関しては関係者の証言と焼却指令の写しがわずかに残存するのみであり、焼却指令の現物は確認されていないとのことである。〉(135頁)

▼憲兵隊では、なんと「防空壕の通風を利用すれば早く燃えるよ」とご丁寧なアドバイスまでしている。「防空壕等内に於て火力による自然的通風を利用し逐次投入するを早きとす」(憲電第一二〇五号)。

〈さらに、敗戦後の二〇日には、机・抽斗(ひきだし)の奥に付着したもの、焼却場の焼け残り、私物に綴じ込まれたもの、私宅にある書類・手紙類などに至るまで全てを対象とした検査によって「一片の残紙」も残さないように焼却の徹底化が図られた〉(106頁)

これじゃあ軍にとって不利な文書が残っているほうがおかしいよね。そのうえで今、歴史修正主義者たちは「公文書絶対主義」とでもいうべき建前をかざし、たとえば性奴隷の証言者をウソつきだと決めつけ、歴史の真実を歪めようとご執心なわけだ。

▼これで「実害」編の半分。長くなっちゃうので、続きは次号で。


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2014年12月3日水曜日

【PUBLICITY】1958:復刊のおしらせ

秩序を愛する人たちは、たえずくりかえされる殴りあいに嫌悪を感じていたが、しまいにはそれらに不感症になってしまった。これでもってヒトラーが権力の座についたとき、ナチスによる組織的な暴力とテロの使用への道がひらけたのである。かくてタールブルク市民が、その後のすべてを比較的平然として耐え忍んだ理由が説明されるのである。 
ウィリアム・シェリダン・アレン
『ヒトラーが町にやってきた』
西義之訳、番町書房、1973年
原題は"The Nazi Seizure of Power: The Experience of a Single German Town 1922-1945"

 
【PUBLICITY 1958】2014年12月3日(水)

■復刊のおしらせ■


▼じつはEマガジンの本誌ページが、2014年2月から11月までずっと封鎖されており、メルマガを発信できなかった。配信するために必要なひと月3000円は払い続けていたのに、だ。トホホ。運営者宛に何十回も「払ったよ」メールを出したのだが、一通の返信もなく、数日ごとにチェックしていたのだが、ある日突然開通していてビックリ。

ま、ボチボチ続けます。

で、これからもこういうことがないとは限らないので、Eマガジンで登録されている方は、「まぐまぐ!」か「メルマ!」での登録をオススメしておきます。

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▼超久しぶりの今号は、

〈今年=2014年読んで面白かった本〉を教えてください

というお願いです。今年発刊の本は勿論、懐かしい本も可。

昨年も同じ特集を呼びかけて、濱田武士『漁業と震災』(みすず書房)をはじめ何冊かのオススメ本を教えていただいたが、とにかく2月から11月まで閉鎖されちゃってたので、発信の時を逃してしまった。

▼ぼくが最近読んだ本のなかでは、

『国家と秘密 隠される公文書』
 (久保亨・瀬畑源、集英社新書)

が一押しである。くわしくは次号で。

▼この間(かん)、ニッポン社会はずいぶんといろいろなことがあった。締めくくりは、この師走のクソ忙しい時期に安倍晋三総理大臣はなにを血迷ったか衆議院を解散してしまった。

来年は、どーも嫌な感じがする。いいことが起こりそうな気がしないねえ。しかし、各種メディアを舞台にどれだけ「殴りあい」が続いても、精神的な「不感症」にならずに生きていきたいものだ。「マスメディアとつきあう方法」をめぐる考察あれこれ、興味があったらおつきあいのほどを。


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