【編集方針】

 
「本が焼かれたら、灰を集めて内容を読みとらねばならない」(ジョージ・スタイナー「人間をまもる読書」)
 
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2015年2月11日水曜日

脈打つ自己決定権~琉球新報から

 
 
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沖縄はもと海洋国家であった。
神奈川県と等面積だと、土地だけで括ってはイメエジが狂う、
その水域のひろがりはニッポン列島に拮抗するのである。

竹中労『琉歌幻視行 島うたの世界』207頁
1975年8月25日第1刷 田畑書店
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【PUBLICITY 1965】2015年2月11日(水)
■脈打つ自己決定権~琉球新報から■
freespeech21@yahoo.co.jp

▼百聞は一見にしかず。いま沖縄で振るわれている暴力について琉球新報1月23日付に衝撃的な4枚の連続写真が載った。建国記念の日の朝、紹介するにふさわしい写真だ。

その写真の説明文は〈海上保安官が影山あさ子さんに馬乗りする連続写真(上から下へ)。保安官は背後から左手でカメラをつかみ、守ろうとしゃがみ込む影山さんの左肩から左足を乗せて馬乗りしている=20日午後2時35分、名護市の大浦湾(金良孝矢撮影)〉となっている。

いったい何が起きているのか。

海保、説明に矛盾 馬乗り写真「女性かわした」
琉球新報2015年1月23日付

名護市の大浦湾で20日、米軍普天間飛行場の同市辺野古沖移設に反対する市民らの抗議船に乗船し、海上作業の様子を撮影していた映画監督の影山あさ子さん(51)が、船に乗り込んできた海上保安官に馬乗りにされた件で、第11管区海上保安本部は22日、琉球新報の質問に対して「馬乗りになったという事実はない。過剰警備には当たらない。(海上保安官は)かじがある船体後部へ通り抜けるために女性をかわして奥に進んだ」と回答した。

琉球新報の写真部員が撮影した写真を検証すると、海上保安官は船体後方から現れ、背後から影山さんのカメラを執拗(しつよう)に奪おうと左手を伸ばし、さらに左足を肩から乗せている。通り抜けようとする行動は確認できず、11管の説明は矛盾している。

11管は「通路は人一人が通れるくらい。女性がこの位置にいては通れなかった」と主張したが、写真では後方から影山さんの頭に手を掛け、カメラを奪おうとつかみかかる姿が記録されている。影山さんが抵抗すると、海上保安官は肩口から左足を伸ばして馬乗りになって体重を乗せている。その後に足を引き抜いたが、通り抜けるそぶりは見せていない。

海上保安官は馬乗りになる前にすでに船体後部にいる。「船体後部へ通り抜けるため」との11管の主張と実際の状況は食い違う。

影山さんは「誰も見ていないと思って平気でうそをついている。海保は(私の)カメラを壊してもいいと思っているように感じた。法を守る立場なら、事実を誠実に明らかにするべきだ」と指摘した。〉

▼こうした暴力事件の報道は、いまの沖縄の新聞では日常茶飯事になっている。東京発の新聞はこうした事実をほとんど報じていない。沖縄の米軍基地問題に少しでも関心のある人は、ぜひ沖縄タイムスか琉球新報の実物を一度見ることをオススメする。

「知らない」ことは、「存在しない」ことになる。

▼もう一つ、琉球新報の記事を紹介する。2月4日付1面トップは【琉米・琉仏・琉蘭条約の原本、141年ぶり里帰り】という記事だった。

琉球国が1854年に米国、55年にフランス、59年にオランダと締結した修好条約の3原本が27日から浦添市美術館で展示される。原本は74年5月に明治政府によって没収され、外務省が保管している。沖縄での展示は初めてで、141年ぶりに海を渡る。

国際法の専門家は「3原本は琉球が当時、国際法の主体として主権を有していた証し」と指摘している。米軍基地問題などをめぐって沖縄の自己決定権要求が高まる中、今回の里帰りは沖縄の「主権回復」を求める議論に影響を与えそうだ。

(中略)明治維新の後、政府は琉球国の併合をもくろみ、外交権剥奪に乗り出す中で73年3月、3条約の提出を琉球に命じた。琉球側は粘り強く抵抗したが、最後は政府の強硬姿勢に屈し、74年5月、津波古親方政正が条約原本を携えて船で上京、政府へ引き渡した。現在、外務省外交史料館が原本を保管している。

3条約の原本は27日から3月29日まで浦添市美術館で開かれる「琉球・幕末・明治維新 沖縄特別展」(主催=琉球新報社、協同組合・沖縄産業計画)で展示される。(新垣毅)〉

▼さらに8日付1面トップもこの続報だった。


〈琉仏条約、仏にも原本 「琉球は独立国」認識
自己決定権 議論に影響
2015年2月8日 

琉球国が1855年にフランスと交わした琉仏修好条約のフランス側の原本が、フランス・パリ東部に隣接するヴァンセヌ市の海軍公文書館に保管されていることが7日までに分かった。

(中略)フランス側の原本が確認されたことで、フランスは当時、琉球国が主権を持つ独立国家と認識していたことが裏付けられた。(中略)今回フランス側の原本が確認されたことで、沖縄の自己決定権拡大や「主権回復」を求める議論に影響を与えそうだ。(新垣毅)〉

▼同3面には〈琉球人の主張は正当〉という見出しで、当時のフランス代理公使の手紙が紹介されている。(※)は竹山の註。


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琉球併合(※1879年の日本による琉球処分)間近の78年、(※すでに1855年に結んでいた琉仏)条約を根拠に(※琉球国の)三司官から救国を要請された(※フランスの)ジェフロワ代理公使は日本との摩擦は有益ではないと判断、(※琉球処分に)介入しなかった。

一方で、要請の約2週間後、同僚の在中国使節への手紙で自身の見解を示し、琉球の主張の正当性を認めている。

手紙には「琉球人の善良さは興味深く、彼らの主張は正当である。日本人は厚かましくも彼らを併合し、その件について中国が同意したものと万人を信じさせようとしている」と記されている。
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▼さらに解説記事には〈条約相手国の原本が確認されたことで、当時の列強国が琉球国に主権を認めていた証しが増えたことになる。自己決定権への要求が高まっている沖縄にとって、これら3条約は今後、日米両政府や国際社会に「主権回復」を訴える場合には礎になり得る〉とある。

ぼくはここで三つの新聞記事を引用したが、それだけでもけっこう知ることができるだろう。今の沖縄には、本土とまったく違う政治的な流れが脈打っていることを。

キーワードは「自己決定権」だ。ぼくは今の沖縄の事実と論調を、どれだけ紹介してもしすぎることはないと思っている。続きはまた今度。


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