【編集方針】

 
「本が焼かれたら、灰を集めて内容を読みとらねばならない」(ジョージ・スタイナー「人間をまもる読書」)
 
「重要なのは、価値への反応と、価値を創造する能力と、価値を擁護する情熱とである。冷笑的傍観主義はよくて時間の浪費であり、悪ければ、個人と文明の双方に対して命取りともなりかねない危険な病気である」(ノーマン・カズンズ『ある編集者のオデッセイ』早川書房)
 

2014年4月24日木曜日

【コラムのお手本 新潟日報「日報抄」】

▼東西南北、日本中で毎日たくさんの新聞がつくられているが、2014年現在、ぶっちぎりでハイレベルなコラムは新潟日報の「日報抄」だ。もちろん、ジャンルの傾向や好みもあるだろうが、濃い密度(固有名詞が多い、展開が軽快)といい、ブレのない権力批判といい、かつての深代淳郎「天声人語」をしのいでいるかもしれない。二番手は日経の「春秋」だ。

2014年1月28日(原発)、29日(NHK)、2月9日(NHK)の「日報抄」を紹介しておく。

▼「1軒目で十分飲んだはずなのに「河岸(かし)を変えて」と誘われることがある。この「河岸」は「飲食する場所」という意味だから、英訳すると「base(ベース)」となるそうだ

2014年1月28日付「新潟日報」のコラム「日報抄」は、こんな書き出しから始まる。「ベースにはいろいろな意味がある」と続け、ベースは「決して脇役ではない」ことを確かめたうえで、政府のエネルギー基本計画案の「原子力発電所」=「基盤となる重要なベース電源」に照準を絞る。

▼茂木経済産業大臣は「基盤となる重要なベース電源」という表現について、「量や重要性を示す概念ではない」「(発電量が)1%だろうとずっと使う電源」と説明した。この珍妙な大臣会見を受けて、「そんなベースがあるなんて▼」という文の区切り方も秀逸だ。

▼さらにコラムは都知事選挙に触れ、自民党が2012年の総選挙で掲げた公約【原子力に依存しなくてもよい経済・社会構造の確立を目指します】と、原発再稼働が閣議決定されてしまった現在とを比べる。そして「政策に自信があるなら正面から論陣を張るべきであろう。立ち合いで変化する相撲は横綱らしくない。そういえば「ベース」には「品位のない」の意味もあった」とバッサリ斬り捨てて締める。あまりに巧くて唸ってしまった。
▼翌1月29日付では、92歳で亡くなった詩人、金田弘(かなだひろし)の展示会(新潟の画廊で開かれた)に行った話から、金田の師である会津八一の鮮烈なエピソードを紹介する。

▼軍隊に入る金田に向かって、會津八一は「死んではいかん。必ず生きて帰れ。大学へ戻り学問を続けるんだ」と叫んだ。「「挙国一致」が叫ばれ、戦争に協力しない「非国民」を取り締まるため、研究先の奈良にも特高警察が現れる時代だった。それでも、監視の目が届かない所には、学者の八一に限らず、「お国のために右ならえ右」とはならない人々がいたのである」。

▼ここまでくれば、なにが俎上に上がっているかわかる。NHKの籾井勝人(もみいかつと)会長だ。籾井は会長就任会見で、NHK国際放送について「政府が『右』と言っているものを、われわれが『左』と言うわけにはいかない」と言い放った。コラムは「特定秘密保護法、学習指導要領解説書の改定、集団的自衛権への意欲…と矢継ぎ早の政策に国民こぞって賛成しているなどと、海外に流されては困る。八一のごとく鋭い眼光を公共放送に注がねばなるまい」と結ばれる。

軽快なテンポと権力批判が同居している。

▼NHK幹部の暴走については、2月9日付でも取り上げている。「伝法(でんぼう)」(=無銭飲食、無法な振る舞い)という言葉の由来(東京・浅草寺境内の伝法院)から書き起こし、「NHK経営委員には、ずいぶん伝法な人がいるものだ」と斬り込む。

まず、都知事選の応援演説(つまり公共の場。居酒屋の個室ではない)で「南京大虐殺はなかった」と叫び、他の候補を「クズ」呼ばわりした小説家の百田(ひゃくた)尚樹。政府が南京大虐殺を認めている事実を淡々と記して一蹴(いっしゅう)。

▼もう一人。男女共同参画社会基本法は女は出産と育児、男は仕事で妻子を養う」という「極めて自然な性別役割分担」を退けている、ここに人口減少の一因がある、と難癖をつける埼玉大名誉教授の長谷川三千子。

これに対してコラム記者は、新潟日報自身の連載記事を紹介する。育児中の母親を助けるために知恵をしぼる企業がたくさんある。様々な勤務形態。社内に保育園。国の助成金以上に経費を負担、えとせとら。そして「こんな企業には声援を送りたい。(本紙連載の)記事の写真には親子の笑顔。長谷川さんならどう思う」と締める。


筋が通っていて、しかも冷たくない。書き手の体温を感じた。

どんな記者が書いているのだろう。インタビューしてみたいものだ。ともあれ、「日報抄」は随時紹介したい。