【編集方針】

 
「本が焼かれたら、灰を集めて内容を読みとらねばならない」(ジョージ・スタイナー「人間をまもる読書」)
 
「重要なのは、価値への反応と、価値を創造する能力と、価値を擁護する情熱とである。冷笑的傍観主義はよくて時間の浪費であり、悪ければ、個人と文明の双方に対して命取りともなりかねない危険な病気である」(ノーマン・カズンズ『ある編集者のオデッセイ』早川書房)
 

2015年10月19日月曜日

春画展余聞(よもん) あるいは公序良俗と自由 その1


【メディア草紙】1986 2015年10月19日(月)

■春画展余聞(よもん) あるいは公序良俗と自由 その1■


▼先日、東京の永青文庫に大英博物館が協力して開催中の「SHUNGA 春画展」に行ってきた。満員大入りの大盛況。絵師たちの圧倒的な技量、男女平等や女性の歓びの表現、高度な印刷技術、ユーモアと知恵の数々に感動した。日本初の本格的な春画展ということで、4000円もするカタログまで買ってしまった。

▼カタログを読むと、春画についてロンドン大SOAS教授のアンドリュー・ガーストル氏が簡潔に定義していた。いわく「春画は身分や年齢を問わず男女ともに有用であり、その上、笑いの要素を含んだ気楽な娯楽である」と。

江戸時代の春画には、こう書かれている。【】は引用者。

「枕絵(春画の異称)は、嫁入のとき第一の御道具也。男とても持たでかなわぬ物なり。そのいわれを尋ぬるに、【人の心を喜ばしむるゆへなるとかや】」

▼ガーストル氏の定義は見事だ。春画は娯楽である。国家による「管理」に利用される「ポルノ」で括(くく)れないし、「芸術」でも括れない。人の心を喜ばせようとする娯楽であり、それを芸術として見る人もいるし、ポルノとして見る人もいるわけだ。

ガーストル氏の解説の末尾。〈新政府の樹立、列強国との外交や交流を通じて、20世紀には春画は完全なるタブーとなった。そして近代を通じ、現代でもほんの数十年前まで、春画の鑑賞は地下へ潜らざるを得なかった。21世紀の今日、春画へのタブー視を取り払い、永青文庫の「春画展」を多くの人々が、江戸時代のように気楽に笑いながら穏やかな気分で、「人の心を喜ばしむる」ものとして春画を鑑賞できれば素晴らしい〉

東京に行く用事のある方は、ぜひとも立ち寄ることをオススメします。若い女性がとても多かった。期間中、第1期から第4期まであり、展示品はその都度、入れ替えられる。ぼくは取り敢えず第1期に行ったが、できれば後半も行きたいですナ。有名な葛飾北斎の大蛸の絵には、「えっ、こんなに小さいの。しかも一枚の絵じゃなくて、一冊の本の中の見開きなの」と驚かされた。

別館の売店で、2013年から2014年にかけて大英博物館で行われた春画展の日本語訳カタログが閲覧できる。買うと25000円もする代物で、三省堂書店本店の1階に在庫があったが、ダンボール箱に収められていて表紙すら拝めない状態だった。今回の春画展は、その25000円のカタログからうかがえる圧巻の展示内容とは比ぶべくもないが、とにかく日本初の展覧会である。快挙を成し遂げた永青文庫と細川元総理に拍手。

▼この春画展に合わせて、「週刊ポスト」の10月30日号に興味深い記事があった。


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〈警視庁は春画を「わいせつ図画」だとみなし、本誌を含め春画を掲載した週刊誌数誌を呼び出し、“指導”を行なっている。本誌編集長もこの1年の間に2回、呼び出しを受けた。

その際「以前から10数回にわたり本誌は春画を掲載してきたが、このような呼び出しを受けたことはない。警視庁の中で方針の変更があったのか」と問うたが、明確な返答はなかった。〉
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▼基準は「気分」なんじゃないかと思うが、よくわからない。

もうひとつ、週刊文春の編集長が処分されたという報道があった。共同と毎日から。


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〈春画掲載めぐり編集長休養 週刊文春「配慮欠いた」
2015/10/09 00:28   【共同通信】

文芸春秋は8日、「週刊文春」が掲載した春画のグラビア記事に「編集上の配慮を欠いた点があった」として、同誌の新谷学編集長を3カ月間休養させることを明らかにした。

春画が掲載されたのは週刊文春10月8日号(1日発売)。東京都文京区の「永青文庫」で開催されている「春画展」を紹介する内容で、喜多川歌麿や葛飾北斎らの計3作品をカラーで掲載した。読者からのクレームを受けた対応ではなく、社として「読者の信頼を裏切ることになったと判断した」という。

同社は編集長を休養させたことについて「読者の視線に立って週刊文春を見直し、今後の編集に生かしてもらう」と説明している。〉
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〈週刊文春:新谷編集長が休養 「春画グラビア記事で問題」
毎日新聞 2015年10月08日 23時20分(最終更新 10月09日 12時30分)

文芸春秋は8日、1日発売の週刊文春10月8日号に掲載した春画のグラビア記事に問題があったとして、同誌の新谷学(しんたに・まなぶ)編集長(51)を同日から3カ月間、休養させることを明らかにした。

同誌では、東京都文京区の「永青文庫」で開催中の江戸時代の性風俗を描写した浮世絵「春画」の特集を組み、3点を巻末の6ページのカラーグラビアで掲載した。同社は「グラビア記事に編集上の配慮を欠いた点があり、読者の信頼を裏切ることになったと判断した」とコメントした。

読者からのクレームを受けての対応ではなく、社として自ら判断したという。〉
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▼「社として自ら判断」ということだが、「読者の信頼を裏切」ったという判断と矛盾しないのかな? 文藝春秋のコメントはJ-CASTニュースによると

「『週刊文春』10月8日号(10月1日発売)に掲載した春画に関するグラビア記事について編集上の配慮を欠いた点があり、読者の皆様の信頼を裏切ることになったと判断いたしました。週刊文春編集長には3か月の間休養し、読者の視線に立って週刊文春を見直し、今後の編集に活かしてもらうことといたしました」

というものだったそうだ。

▼二つの点で不思議だ。まず、なぜ今回、警察が「指導」したのだろう。なぜ今回、文藝春秋は週刊誌の編集長を「処分」したのだろう。

▼永青文庫の春画展の3階に関連年表があった。4000円もするカタログには載っていなかったので、現地で見るしかないのだが、その年表は9世紀から始まる。

〈834-842頃(承和元-9)/恒貞親王に、ある人、偃息図(おそくず)を進上〉

「偃息図」ってのは春画の古語だ。親王は天皇の息子。娘なら内親王ですね。つまり、【春画の最も古い記録は、天皇家とともにある】のだ。年表の続きを見ると、〈1321(元亨元)/『稚児之草紙』〉とある。この「稚児之草紙」は今回の春画展でも出品されているが、男色の春画だ。

▼さらに、今から600年ほど前の1438年=永享10年、宮廷で「源氏物語」のパロディ春画が描かれている。

〈後花園天皇、偃息図(おそくず)の源氏絵を制作 天皇と父、伏見宮貞成親王、詞書染筆〉

他の資料も調べてみると、後花園天皇の20歳の記念に、天皇のおとっつぁんが宮廷絵師に命じて描かせ、詞書、つまり春画の情景描写の文章は、父と息子が共同で執筆したみたい。ぼくは現物を見たことはないが、「看聞御記(かんもんぎょき)」という宮内庁が所蔵している見聞記に、そういう史実が記録されているそうだ。

天皇を象徴として戴く国の警視庁や、文藝春秋というニッポンを代表する出版社が、なぜ天皇にゆかりのある文化たる春画を載せたことで「指導」したり、その雑誌の編集長を3カ月の「休養」処分にしたりするのか、さっぱりわからない。

まさか、警視庁や文藝春秋といった立派な組織が、1000年を優に越える皇族由来、ニッポン由来の文化・伝統を、たかだか150年ほどの蓄積しかない脱亜入欧の浅知恵で断罪し、否定するはずがないので、とても不思議だ。

▼もうひとつ、ちょっと時間を遡(さかのぼ)って不思議なことがある。2013年、週刊文春は「緊急アンケート 安藤美姫選手の出産を支持しますか?」という恥知らずな企画を行ない、抗議を受けて編集長名で謝罪したことがある。そのとき編集長だった新谷学氏が、今回、3カ月の「休養」処分を受けたわけだ。

なぜ、「読者の皆様の信頼」を大切にする文藝春秋は今回、読者からのクレームのない状態で編集長を3カ月の「休養」処分にして、読者からの猛烈な抗議のあった2013年には、新谷学編集長を3カ月の「休養」処分にしなかったのだろう。また、なぜ「出産を支持しますか?」などという、いま生きている女性に恐怖を与え、人権を蹂躙する愚劣極まりない企画を決裁したのだろう。

とても不思議だ。

▼「コンビニからクレームが来たから週刊文春の編集長を処分した」という噂もある。それが事実なら、スッキリ納得できる。「資本主義」の原理に忠実だからだ。(この項つづくかも)


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竹山綴労


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