【編集方針】

 
「本が焼かれたら、灰を集めて内容を読みとらねばならない」(ジョージ・スタイナー「人間をまもる読書」)
 
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2015年10月1日木曜日

欧州難民危機は難民のニュースか?


【メディア草紙】1981 2015年10月1日(木)

■欧州難民危機は難民のニュースか?■


▼毎日新聞の連載「漂う民 安住の地求め」のリード文がわかりやすかった。9月中旬で流れが大きく変わった。


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9月13日付
〈シリア人優遇「差別だ」 ギリシャ・コス島 「経済移民扱い」イラク人ら反発

中東やアフリカからトルコ経由で欧州を目指す難民・移民の「玄関口」にあたるギリシャ・コス島で、シリア難民と他国出身者の間の緊張が高まっている。

ギリシャ本土への渡航のための登録手続きで、内戦を逃れたシリア難民が特別扱いされ、貧困からの脱出や、より良い仕事への就職が目的の経済移民とみなされるイラク人やパキスタン人が「人種差別だ」などと反発しているためだ。(コス島(ギリシャ東部)で福島良典)〉
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▼流れが変わったっぽいのは9月14日。


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9月15日付
〈ドイツ一転、難民抑制 オーストリアも 国境管理を開始

【ベルリン中西啓介、ブリュッセル斎藤義彦】中東から欧州に難民が押し寄せている問題で、ドイツとオーストリア政府は14日、通常は自由に往来できる国境で、パスポート確認など国境管理を開始した。無条件で難民を歓迎する政策から流入抑制策に転じた。チェコ、スロバキア、オランダも開始準備を表明。ハンガリーは15日、許可のない越境を犯罪とする法律を施行する予定で、欧州は難民に扉を閉ざす「要塞化」に方向転換を始めた。〉
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▼ドイツでは、安全な国には帰らせる手続きも進めているようだ。

▼難民の波をもろに受けているハンガリーのオルバン首相は、とても強硬な政策をとっている。セルビア(ハンガリーの南)との国境にフェンスを建設する理由は「キリスト教に根差したヨーロッパの文化がイスラム教徒主体の移民に脅かされるから」(9月15日付毎日)。

とはいえ、ハンガリーの東南はセルビアとルーマニアに接しているのだが、その両方に接するハンガリー南部のクーベックハゾ村を、坂口裕彦記者は8月の時点で訪れ、こう書いている。

〈同じEU加盟国のルーマニアとの国境ではフェンスが途切れている。正直、どこか間が抜けている印象がぬぐえなかった。同行してくれた元国会議員のロベルト・モルナル村長(44)は「人々はいざとなればフェンスを迂回し、ハンガリー入りできる。これはオルバン首相が移民をハンガリー人の新しい敵に仕立てるためのパフォーマンスだ」と顔をしかめた。〉

▼このハンガリーの対応については、同じ日付の毎日の、下記の記事を読んで思い半ばに過ぎる人も多かろう。

〈1989年8月、ハンガリー西部ショブロンで開かれた政治集会「ヨーロッパ・ピクニック」で、東ドイツ市民がオーストリアに脱出したことが、同年11月の「ベルリンの壁崩壊」の引き金となった。そして26年後の今、シリア難民らの流入を阻止する「壁」が築かれようとしている。〉

▼さて、ドイツの決定が各国に波及し、5日後。


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9月20日付
〈難民 押し付け合い 欧州諸国 非難合戦

【オブレジェ(スロベニア東部)坂口裕彦、ブリュッセル斎藤義彦】中東などから難民が押し寄せる欧州で、露骨な難民の押し付け合いが始まっている。約2万人が流入したクロアチアは18日、難民の一部をバスや列車で強制的にハンガリーに送り始めた。ハンガリーは「犯罪行為だ」とクロアチアを非難する一方、難民をオーストリア国境まで輸送。クロアチアに北接したスロベニアは国境を閉鎖して難民を押し戻している。(中略)

クロアチア・ハンガリー国境間にはフェンスはなく、難民は自由に入り込んでいる。

クロアチアがハンガリーに難民を“強制輸送”しているのは、ハンガリーが15日にセルビアとの国境に有刺鉄線付きの「越境防止フェンス」を設置、難民がクロアチアに流れ込んだことへの反発だ。

クロアチアの行為に怒るハンガリーも難民をオーストリア国境に運んでいる。18、19日で6700人がオーストリアに入国した。

一方、スロベニアは国境を封鎖。シリア難民が押し寄せた東部オブレジェの国境検問所では、スロベニアの警察当局が入国を阻止している。クロアチアも大半の国境を封鎖。難民を押し戻された形のセルビアは「非人道的だ」と非難した。〉
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▼「歓迎」から「管理」へ。まるで民族大移動のような数の難民が殺到しているのだから、必然の流れだ。しかし「人道主義」の旗を下ろすつもりはない。長期的な経済効果を考えれば、人口が増えたほうがありがたい。

▼人類学者のE・トッド氏は、ギリシャ危機をめぐり、結構たくさんのヨーロッパの国々が、ギリシャのチプラス首相に共感している、と評し、次のような興味深いことを話している。


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〈私は確信するのですが、もしフェルナン・ブローデル(フランスの大歴史家、1902~1985年)の亡霊が墓から出てきたら、きっと、ローマ帝国の境界線があらためて現れてきていると言うでしょう。

ローマ的な普遍主義に本当に影響された国々は、本当的に穏当なセンスを持つヨーロッパの側に、すなわち、嗜好や傾向が権威主義的であったり、マゾヒストであったりせず、緊縮財政のプランが自己破壊的であり、自殺的であるということを理解するヨーロッパの側にいる。

その対面には、むしろルター派的世界を中心とするヨーロッパがある。これがカバーするのはドイツの三分の二と、バルト三国の中の二カ国と、スカンジナビア諸国などですが、そこにポーランドという衛星国も加わるでしょう。ポーランドはカトリック国ですが、一度としてローマ帝国に属したことがありません。

こういうわけで、ヨーロッパのとてつもなく深い部分に横たわっている何かが現れてきています。〉「文藝春秋」2015年9月号
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▼このE・トッド氏、めちゃくちゃ頭のいい人だと思う。たまにいるじゃないっすか、頭の回転が人より3回転半くらい早い人。あんな感じっす(どんな感じだよ!)。

▼さて、これらのニュースを読んでいて、当たり前のことに気づいたのだが、これらのニュースは、難民をめぐる「欧州の危機」が主たる関心事であり、欧州を目指す「難民」が主たる関心事ではない。難民のニュースでないわけではないのだが。

亡くなったアランちゃん(3歳)の写真は、遺体が打ち上げられた岸辺が、トルコのボドルム(Bodrum)だったから、あれほどのニュースになった。ボドルムという地名は今回ぼくも初めて知ったが、そこは本誌ですでに触れたように、〈いつもの夏ならばトルコのセレブたちやイスタンブール(Istanbul)の富裕層が集まることで有名〉で、〈高級クラブや金色に輝く砂浜があり「トルコのサントロペ(Saint-Tropez)」とも呼ばれる〉高級リゾート地なのだ。(AFP時事、原文は9月4日、トルコ・アンカラを拠点とするAFP記者フルヤ・ウーゼルカンが執筆し、イスタンブール支局スチュアート・ウィリアムズが編集)

あのたった一枚の写真が欧州に与えた衝撃は、ニッポン人にはちょっと計り知れないものがあったと推測する。

じつはアランちゃんの後、9月18日には、トルコ西部の海岸に4歳の女の子の遺体が打ち上げられた。続けて19日には、ギリシャのレスボス(Lesbos)島で5歳の女の子の遺体が見つかった。いずれもシリア難民である。しかし、少なくとも日本ではほとんど報道されていない。写真がなく、2度目、3度目であり、そしてこれが重要なことだが、人間は似たような情報が繰り返されると飽きてしまう。

欧州難民危機は、なによりも欧州のニュースだ。いま地球上のニュースと呼ばれるものの大半にアメリカ発の英語が使われているのだから、ニュースと呼ばれる情報システムそのものが欧米へ、欧米へと傾くのは仕方ない現象だといえる。

▼だから、この問題をよりよく理解するためには、シリアの「難民に焦点を当て続ける」ことが最も重要なことだと考える。

本誌1971号で【中東と北アフリカ9カ国で1370万人のこどもたちが学校教育を受けられない状態になっている】というユニセフのリポートを紹介したが(具体的にはシリア、イラク、レバノン、ヨルダン、トルコ、イエメン、リビア、スーダン、パレスチナ)、

http://offnote21.blogspot.jp/2015/09/blog-post_7.html

シリア難民についてわかりやすい地図が9月20日付日経に載っていた。シリア周辺国が受け入れた難民の数が示されている。

シリアの北、トルコは194万人。
シリアの東、イラクは25万人。
シリアの西、レバノンは111万人。
シリアの南、ヨルダンは63万人。
シリアの南、エジプトは13万人。

すでにこれだけの難民が溢れ返っているのだが、その実態はほとんど報道されてこなかった。なぜなら、ぼくたち(が接している欧米寄りのマスメディア)にとって、それらの情報は「ニュース価値がない」、別の言葉で言えば「関係ない」と判断されてきたからだ。

こんなことを言い出すとキリがないし、今さら言うなよ、な話だし、人にとってそれぞれ深刻な事実があるわけなのだが、1400万人の子どもが学校教育を受けられなくなったという事実は、ぼくにとってはどうも他人事のように思えない。

▼もうひとつ、9月17日付のINYTに、シリア内戦の犠牲者数を可視化した見事な図表が載っていた。ブランケット版の新聞紙を、上から下まで、「無数の粒つぶでつくられた柱」が煙突のように貫いている。

シリア内戦で、これまで少なくとも200000人=20万人が殺されたが、その内訳を、たとえば銃撃などで28290人、迫撃砲やロケット攻撃で27024人、空襲で18880人、誘拐や拷問で8874人等々、細かく、ひと目でみてわかるように図示されている。医療従事者は670人殺された。餓死や医療不備などによる死は565人。

▼さて、ニッポンはどうか。シリア難民の受け入れ数は「3人」だから、国際基準では論外。


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〈法務省の君塚宏・難民認定室長は言う。「認定数が少ないと批判されてもきちんと釈明してこなかったのは、『由(よ)らしむべし知らしむべからず』の姿勢だったと反省している」

日本の難民政策はベールに包まれていた。そもそも難民認定の基準がよく分からない。(中略)

(認定が少ない理由の)一つは、シリアのような紛争地域から逃れた人々である。「多くは砲声におののいて国外に『退避』した一般市民であり、紛争が終われば母国に帰るべき人々ではないのか。 難民とは、母国に2度と戻れない『亡命』のような形を指すものだと条約を解釈している」

「退避」は難民ではない。解釈は、「紛争や迫害、人権侵害で移動を強いられた人が世界に5120万人(13年末)いる」というUNHCRの現状認識とはかけ離れる。〉(日経3月8日付、小林省太論説委員)
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▼最近、日本政府はシリアから数十人の留学生を受け入れるということを言い出したようだが、家族を受け入れるわけでもないし、さびしすぎる政治だ。

「いきなり隣にシリア人が住み始めたらどうするんだ!」と抗議する人が必ず出てくると思うが、現状では危険極まりないマイナンバーですら「粛々」と受け入れ、マイナンバーを使った財務省の消費税還付案にもうっかり乗っかりかかっている、とても寛容な国民性だし、なによりも「おもてなし」の国なのだから、万が一、政治決断がなされたときに考えればいいと思う。

▼湯浅誠氏の以下のコラムがいい。「難民100倍受け入れ」提言である。


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9月16日付毎日
〈シリア難民受け入れを 資金援助のみの日本

(中略)難民を受け入れ、この社会で共に暮らしていくとなれば、キレイゴトだけでは済まないだろう。ゴミ捨てのルールを守らないかもしれない。親族を次々に呼び寄せようとするかもしれない。

それでも、安倍晋三首相にはぜひとも言ってもらいたい。「レッテル貼りはやめましょう」「際限なく増えるなどということは断じてありえない」と。そして「積極的平和主義」の目玉として、これまでの100倍のシリア難民受け入れを表明してほしい。

難民受け入れ100倍――。衝撃的にすぎるだろうか。シリアで紛争が激化したこの4年間で、日本で難民認定されたシリア人は3人。100倍でも300人。ドイツの2500分の1以下だ。

国の事情を反映して、「限定的」ではあるが「人権と国際協調を重んじる」国の責務として、果たしてもいいのではないだろうか。〉
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▼そう、100倍増やしても300人なのだ。でも100倍増やしたと胸を張れる。これが政治なんじゃないかと感じたが、この点いかがですか?

ロンドンのみどりさんのツイートにも考えさせられた。いわく、

〈Midori Fujisawa @midoriSW19 冷静に考えて、シリア難民大量受入れ(少なくとも万単位)は、日本の国としての存続の為の最後の機会ではなかろうか。移民受け入れ法が整うのを待っていたら日本の国力が落ち、誰も来てくれなくなる。難民は今後も増え続けると予想されているけども、高等教育を受けた難民は今後どんどん少なくなる。〉

シリア難民の大量受け入れが日本国の存続に繋がる、という「難民の質」の観点は全くなかった。生活感情が脈打った説得力のある観点だと思う。たしかに、各メディアで取材されている「難民」と呼ばれる人々は、音楽教師だったり、学者だったり、高等教育を受けてきた人がとても多い。


▼最後に、ちょっと呆然とした記事を紹介しておきたい。INYTの7月27日付に載っていた、
Seeking Sanctuary, More Migrants Confront Land Route’s Perils
By RICK LYMAN
JULY 25, 2015
という記事の一節。


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“We have people from Iraq, Pakistan, Iran, Afghanistan, Eritrea, Somalia, Morocco,” said Mohamd, 42, a former truck driver for a factory near Aleppo, Syria, who hopes to reach the Netherlands. “Am I forgetting anyone?”

His cousin Walid, 45, scratched his well-worn sandal into the hard clay. “Algeria?”

Mohamd waved him off. “That group went into Hungary two nights ago,” he said. “We have not seen them back yet.”
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▼要するに、列挙されている国の多さに、想像がついていかない。皆さんはどうですか? 欧州難民危機の全容をつかむのは難儀だ。


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竹山綴労


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