【編集方針】

 
「本が焼かれたら、灰を集めて内容を読みとらねばならない」(ジョージ・スタイナー「人間をまもる読書」)
 
「重要なのは、価値への反応と、価値を創造する能力と、価値を擁護する情熱とである。冷笑的傍観主義はよくて時間の浪費であり、悪ければ、個人と文明の双方に対して命取りともなりかねない危険な病気である」(ノーマン・カズンズ『ある編集者のオデッセイ』早川書房)
 

2015年10月22日木曜日

春画展余聞(よもん)、あるいは公序良俗と自由 その2


【メディア草紙】1987 2015年10月22日(木)

■春画展余聞(よもん)、あるいは公序良俗と自由 その2■


▼別のことを書こうと思っていたが、相次いで続報が出たので、ちょっと補足。前号で引用した週刊ポストの記事をもう一度引用しておきましょう。


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〈本誌編集長もこの1年の間に2回、呼び出しを受けた。

その際「以前から10数回にわたり本誌は春画を掲載してきたが、このような呼び出しを受けたことはない。警視庁の中で方針の変更があったのか」と問うたが、明確な返答はなかった。〉
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▼この方針の変更の「種明かし」っぽい情報が10月19日以降、相次いで報道された。

警視庁から「口頭指導」された雑誌は「週刊ポスト」(小学館)、「週刊現代」(講談社)、「週刊アサヒ芸能」(徳間書店)、「週刊大衆」(双葉社)の4誌だったそうだ。以下は共同、読売、朝日の記事。共同の見出しが的確。


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〈警視庁、春画で週刊誌4誌に指導 ヌードと同時掲載
2015/10/19 21:53   【共同通信】

江戸時代の春画と女性ヌード写真などを同じ号の別ページに掲載した「週刊ポスト」や「週刊現代」など週刊誌4誌の編集長らに対し、警視庁がわいせつ図画頒布に当たる可能性があるとして口頭指導していたことが19日、警視庁への取材で分かった。

警視庁によると、春画自体は違法な「わいせつ図画」ではないが、同じ号でヌード写真も掲載しており、わいせつ性が強調されると判断した。

同様の春画を掲載し、「編集上の配慮を欠いた点があった」として編集長を休養させている「週刊文春」については、ヌード写真の掲載がなかったため指導はしなかったという。〉
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▼文春は「指導はしなかった」かわりに自主処分に至ったのかナ。


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〈「春画」掲載の週刊誌4誌、警視庁が口頭指導
読売新聞 10月19日(月)19時7分配信

浮世絵師らが男女の性風俗を描いた「春画」を紹介するグラビア記事掲載を巡り、警視庁が8~9月、「週刊ポスト」(小学館)など週刊誌4誌に口頭指導していたことが、同庁幹部への取材で分かった。

ほかに指導を受けたのは「週刊現代」(講談社)、「週刊アサヒ芸能」(徳間書店)、「週刊大衆」(双葉社)。4誌はそれぞれ東京都文京区の「永青文庫」で開催中の「春画展」の一部作品をカラーで紹介するなどしていた。

同庁幹部によると、春画そのものは違法となる「わいせつ図画」に当たらないが、別ページで女性のヌード写真を掲載したり、掲載作品の一部が露骨に男女の性器が見える内容だったりしたことから、「わいせつ性が強調される」として配慮を求めたという。〉
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▼どの記事でも、芸術性よりもわいせつ性が強調されていると警視庁が「判断」したってことが当然のように書かれているところがとてもおかしい。「芸術」と「わいせつ」との違いを、警視庁の役人が、なぜ「判断」できるのだろう。


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〈警視庁、春画掲載4誌を指導 ヌード写真の近くで紹介
2015年10月20日19時09分 朝日新聞

人間の性愛を描いた浮世絵「春画」と女性のヌード写真を近いページに掲載したのは、わいせつ図画頒布罪に当たる可能性があるとして、警視庁が週刊誌4誌に「過激な内容を掲載しないよう配慮を求める」と口頭で指導した。警視庁への取材でわかった。

保安課によると、4誌は「週刊ポスト」(小学館)、「週刊現代」(講談社)、「週刊大衆」(双葉社)、「週刊アサヒ芸能」(徳間書店)。東京都文京区の「永青(えいせい)文庫」で開催されている「春画展」の作品紹介などを、ヌード写真と近いページで掲載していた。こうした内容は、春画の芸術性より、わいせつ性を強調したものになる、と警視庁は判断し、8~9月に各誌の担当者を呼んで伝えたという。講談社の広報室は「この件については一切コメントできない」としている。

他にも春画を扱った雑誌はあるが、捜査幹部は「歴史・文化的な価値が高いとの評価もあるため、春画そのものや芸術として扱っているものを取り締まるつもりはない」としている。〉
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▼「歴史・文化的な価値が高いとの評価もあるため、春画そのものや芸術として扱っているものを取り締まるつもりはない」と捜査幹部が語っているわけだが、たとえ「歴史・文化的な価値が高」くっても、たとえ「芸術」でも、いくらでもわいせつな作品ってあるぜ? そもそも、わいせつも文化だよ? 芸術だよ? 警視庁が口にする「文化」とか「芸術」って、浅すぎ狭すぎじゃないか? って今に始まったことではないけどさ。

この捜査幹部の話が本当なら、「ヌードはOK」、「春画もOK」なのに(実際は「春画もOK」ではなかったが)、なぜ「ヌード+春画」だとNGになるのか、わからん。二つの融合によってなにか神秘が生まれるのか、とても不思議だ。

この警視庁幹部のコメントは、朝日の記事だとピンとがぼけているので、あとで産経記事を引用してもう少し考える。

▼朝日によると、各誌が呼び出しを食らったのは8月から9月。なぜ今ニュースにしたのかも気になる。NHKニュースには4誌のコメントが載っていた。


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〈春画掲載の週刊誌4誌に警視庁が指導
10月19日 16時23分

警視庁は、「芸術性よりもわいせつな面が強調された掲載方法については、以前から指導を行っていて、今後も必要に応じて配慮を求めていく」としています。
.
警視庁の指導を受けた週刊誌4誌は、次のようにコメントしています。

「週刊ポスト」は、発売された誌面で「春画は日本が世界に誇るべき伝統文化であり、芸術作品とあくまで考える」としています。

「週刊現代」は、「一切コメントできない」としています。

「週刊大衆」は、「指導を受けたのは事実で、今後の誌面構成では配慮していきたい」としています。

「週刊アサヒ芸能」は、「警視庁から話があったのは間違いないが、それ以上はコメントできない」としています。〉
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▼さて、警視庁保安課による「口頭指導」の根拠は刑法175条だ。


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〈(わいせつ物頒布等)
第百七十五条  わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、二年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。

2  有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。〉
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▼警視庁は現在、「春画と女性のヌード写真を同時に掲載したら刑法175条に触れる」と判断しているわけだ。

ここでアタマの体操だが、まず「ヌードだけ掲載ならOK」ですよね。で、「春画だけでもOK」という建前だが、実際は「春画だけ掲載なら自主処分」(文春)になる。ということは、「やっぱ春画掲載はダメ」ということになる。

ここで、冒頭に引用したポストの記事が考えるヒントになる。ポストは、警視庁に呼び出された際、「以前から10数回にわたり本誌は春画を掲載してきたが、このような呼び出しを受けたことはない。警視庁の中で方針の変更があったのか」と質問している。

つまり、2014年までは「春画掲載はOK」だったのに、2015年時点ではアウトになった。基準が変化したのだ。(ただし、ポストが春画を掲載した10数回が、ヌードと同時に掲載だったのか、春画のみの掲載だったのかは未確認。)

もしも、今回「ヌードと春画の合わせ技」で口頭指導を受けた4誌が、もともとヌード禁止の文春のように、「春画だけ掲載」していたらどうなっていたのだろう? 徹底的にカラーで春画のみの特集を組んでいたら? やっぱり文春のように、結果的に御上(おかみ)の鼻息を忖度(そんたく)したかたちで、自主処分するという無様(ぶざま)な仕儀(しぎ)と相成(あいな)るのだろうか。それとも新たな突破口になっていたのだろうか。

▼何度も本誌で書いてきたことだが、「わいせつ」って書かれても全然「わいせつ」だと感じない。ちゃんと「猥褻」って書かないとネ。で、そもそも「猥褻」を取り締まるという了見が気に入らねえ。

猥褻とはもともと、「常民の普段着」という意味である(竹中労「『猥褻』とは何ぞや?」『猥褻の研究』三一書房)。「わいせつを取り締まる」という振る舞いそのものが、猛烈な「上から目線」なのだ。失礼な話だよ。だから気に入らねえ。

そして、いまのニッポン社会で「猥褻(わいせつ)か否か」を決める基準は、裁判官や警察幹部が「俺が猥褻だと思ったら猥褻なのダ。それでいいのダ」というものである。つまり「基準」は「その場の気分」だ。彼らはその「気分」に「良識」という名前をつけ、「正義は我にあり」と澄ましておる。

また、「わいせつ」という珍妙な言葉の特徴は、「被害者」がいないのに「加害者」をつくりだし、罰することができうるところにある。その構造がよくわかるのが、下記の産経記事デス。


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〈産経新聞 10月19日(月)14時58分配信 加藤園子記者

(前略)捜査関係者は、今回の指導は、春画単体での評価ではないことを強調し、「春画は国際的な評価も高く、文化的・芸術的価値がある。春画そのものを問題にする気は全くない」と言い切る。

(中略)捜査幹部は「春画を描き写しただけのイラストでも、文化的価値がないと判断すれば、わいせつ物と判断する可能性もある。著名な画家の作品かなど総合的に考慮する」と話している。〉
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▼先にちょっと触れた「芸術性よりもわいせつな面が強調された」云々という「判断」と関係するが、そして、「春画を描き写しただけのイラストでも、文化的価値がないと判断すれば、わいせつ物と判断する可能性もある。著名な画家の作品かなど総合的に考慮する」という考えは、今に始まった代物ではないが、あらためて熟読すると恐ろしいものがある。

「文化的価値」を警視庁の役人が判断できる、という考えは、ヒトラーやスターリンの恐怖政治となじみ深い発想だからだ。「心を打つ『政策芸術』を立案し、実行する知恵と力を習得すること」を目的に掲げている自民党の「文化芸術懇話会」との親和性も、とても高い。

▼捜査幹部は、取り締まる基準として「文化的価値」とか「著名な画家の作品か」とか御託を並べているが、これは賭博(競馬競輪、パチンコなど)や売春(個室付浴場)を使ってグレーゾーンをつくり、利権をコントロールする警察お馴染みの手口のようにも見える。しかし、春画がそんなにでかい利権になるわけでもないし、自分たちの縄張りを狭めないために、口頭指導という形式で歯を剥き出して威嚇しているだけなのか、よくわからない。

警視庁はいまや社会の「良識」に従って春画は芸術だと認めざるをえないから、ヌード写真との「合わせ技」で圧力をかけたのだろうか。各記事を眺めていると、「日本の歴史上初めての本格的な春画展」という「まったく新しい動き」に対して、警視庁保安課の「気分」は、もしかしたら「イラついている」のかもしれない、とも感じる。どこかの出版社に、春画とヌード写真を並べた単行本をつくって社会実験してほしいものだ。

▼警視庁の影響力は、永青文庫の「春画展」そのものにも及んでいる。以下は「春画展」の発起人の一人、浦上満氏のコメント。


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〈日刊スポーツ 10月18日(日)14時7分配信
春画は、性器部分が露骨に描かれていることもあり、刑法175条の「わいせつ」物にあたる懸念がある。警視庁にも事前に相談した上で、年齢制限を設けた。浦上氏は「個別の作品に対する(わいせつの)判断は求めなかったが、『やり過ぎないように』との忠告があった」と明かす。〉
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▼「やり過ぎないように」忠告って、やっぱグレーゾーンをつくるいつもの手口っぽいよなあ。基準がないもんなあ。

で、永青文庫の「春画展」は18才未満入場禁止になり、4000円の分厚いカタログの表紙を開くと、まず目に飛び込んでくるのは挟まれた一枚の紙だ。そこには〈18歳未満の方の目に触れませんよう、本書のお取扱いには十分ご配慮をお願い致します。〉と印刷されている。ニッポンでは、すでに何年も前から、何種類も無修正の春画の本が出ているにもかかわらず、このカタログは18禁なのだ。やっぱり基準は「気分」であることがよくわかる。

警視庁保安課は、主催者にそんな「配慮」をさせるより他に、もっとやることがあると思う。たとえばきのう、こんなニュースがあった。


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〈JKビジネスと子どもの着エロ「児童福祉法で禁止して」NPOなど11団体が国に要望
弁護士ドットコム 10月21日(水)19時25分配信

女子高生等による「JKビジネス」や、15歳未満の児童を写した「着エロ」を規制するよう求めるNPO法人など11団体が10月21日、塩崎恭久厚労大臣宛てに要望書を提出し、厚労省で記者会見を開いた。

売春によって傷ついた少女から相談を受けているというNPO法人ライトハウスの藤原志帆子代表は「子どもたちの性が簡単に売り買いされ、法律や社会が子どもたちを守ってくれない現状がある」と指摘し、法規制の強化を訴えた。

今回の要望書では、「『着エロ』や『ジュニアアイドル』ものとして、幼稚園や小学校低学年の子どもの半裸や水着姿の写真集やDVDが公然と販売され、これらの子どもたちに『握手会』や『撮影会』と称して多くの男性が群がるという異常な事態が生じている」などと指摘し、法規制を求めている。

着エロは業者などが児童ポルノ法違反で検挙されている事例もあるが、今回の要望書では15歳未満の児童を被写体にした半裸・水着姿などの「着エロ」については、児童福祉法違反とすべきだと主張している。〉
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▼週刊誌における春画とヌードの合わせ技は刑法175条に触れるぞ、と「口頭指導」するよりも、かつてない惨状を呈しているJKビジネスや着エロを本気で取り締まるためにその優秀な頭を使ったほうが、百万倍、ニッポン社会のためになる。たかだかオッサン連中がチラチラ眺めるだけの週刊誌に載った春画と、女の子の人生を台無しにするJKビジネスや着エロと、どっちが「わいせつ」だって話だよ。まともに働いてくれよ警視庁保安課。


▼「わいせつ」は、その「対象そのもの」にではなく、対象との「関係」によって生まれる。すべての「価値」がそうであるように、「わいせつ」もまた「関係」によって生まれる「価値」だ。この点を踏み外すと、頓珍漢なことになる。

もう長くなったから終わるが、最後にもうひとつアタマの体操を書いておきたい。永青文庫の春画展に来館する多くの若い女性客と、週刊誌の春画を「わいせつ」視する警視庁保安課の役人と、どちらの視線のほうが「わいせつ」だろうか?

ちょっと問い方を変えてみよう。JKビジネスや着エロによだれと精液を垂れ流しているオッサンと、「春画プラスヌード写真はわいせつだからダメよダメダメ」と口頭指導する警視庁保安課の役人と、その視線の「わいせつ」さ加減において、どういう違いがあるだろうか?

また、(1)春画展の客と、(2)JKビジネスの客と、(3)警視庁保安課の役人と、三者を並べた時、(3)は(1)に近いだろうか? それとも(2)のほうに近いだろうか?



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竹山綴労


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