【編集方針】

 
「本が焼かれたら、灰を集めて内容を読みとらねばならない」(ジョージ・スタイナー「人間をまもる読書」)
 
「重要なのは、価値への反応と、価値を創造する能力と、価値を擁護する情熱とである。冷笑的傍観主義はよくて時間の浪費であり、悪ければ、個人と文明の双方に対して命取りともなりかねない危険な病気である」(ノーマン・カズンズ『ある編集者のオデッセイ』早川書房)
 

2015年10月6日火曜日

ラグビーとノーベル賞とニッポン人


【メディア草紙】1982 2015年10月6日(火)

■ラグビーとノーベル賞とニッポン人■

▼9月20日の夜中、第8回ラグビーワールドカップ・イングランド大会の日本対南アフリカ戦を録画で見て、胸が熱くなった。特に後半の終盤、ペナルティキックではなくスクラムを選んだ場面で――つまり、間違いなく得ることのできる同点を捨てて、逆転勝利に賭けた瞬間――すでに結果を知っているのに「おぉー!」と声を上げてしまった。

その前に、南アがスクラムを捨ててキックを選んだ(守りに入った)ので、これ以上ない劇的な、そのまま映画や小説にしたら「ウソだろ」「リアリティーないだろ」と言われてしまうくらい劇的な展開になった。

そして、あのヘスケス選手のトライ。勝利の瞬間、感極まったおじさんおばさんの映像を見て、ぼくも思わず涙ぐんでしまった。海外には「ラグビーの歴史だけでなく、世界のスポーツ史の上で特筆すべき試合だ」と絶賛するメディアもあったそうだ。さもありなん、24年間W杯で1勝もできなかったチームが、よりによって南アに勝ったのだから。

▼その後、興味深い記事を二つ読んだ。一つはスポーツ紙、一つは英字紙。

まず、9月21日付の「日刊スポーツ」32面「視点」欄、荻島浩一編集委員の記事から。そのコラムの上には、黒字に黄色で〈ラグビー界の悪しき伝統ぶち壊す〉とある。


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〈ラグビー界は長く大学が中心だった。早慶明の「伝統校」が、かつての人気を支えていた。早明戦では国立が超満員になっても、日本代表戦はガラガラ。そんな時代が続いた。ジョーンズHCも、大学偏重とも言える日本の状況に苦言を呈していた。

1987年の第1回W杯で全敗した後、コラムで「代表は負けてもいい。日本には早明戦がある」と書いた。皮肉のつもりだったのだが、協会関係者から「その通りだ」とほめられた。当時は特に大学人気が高かったのだが、その時に代表は永遠に勝てないと思った。

そんな大学偏重、伝統校偏重のラグビー界を、日本代表が変える。どのスポーツでも、日本代表を頂点に裾野が広がっていくのが正常な形。そうでなければ、W杯開催の意味もない。この勝利をきっかけに日本代表が注目され、人気が出れば、2019年(に日本で開催されるW杯)に直結する。早明戦が頂点のうちは、W杯成功はありえないのだから。〉
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▼かつてそんなに 大学>日本代表 だったとは知らなかった。荻島氏の記事を読むと、国外の「伝統国」の鼻をへし折り、国内の「伝統校」偏重の流れを変える名将エディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)の功績は何重にも大きいことがわかる。

▼もう一つは9月25日付INYT、12面の記事。
World Cup Schedule Takes Toll on Second-Tier Nations
By EMMA STONEY
SEPT. 24, 2015

要するに「弱いチームは日程の犠牲になる」という内容。

9月23日、日本はスコットランドに10対45という大敗を喫した。この結果、日本の自力での決勝リーグ進出は不可能になったわけだが、スコットランド戦は、歴史的勝利をもぎとった南ア戦から、わずか中3日の間隔しかなかった。

〈Japan Coach Eddie Jones, who led Australia to the World Cup final in 2003 and was an assistant coach with South Africa when it won in 2007, refused to use the short turnaround as an excuse, telling reporters in England that Scotland was “too good for us in the second half.”

But there is no doubt that his players did not have enough time to rest and recover, which played a part in Japan’s defeat.

Jones admitted a four-day turnaround was not ideal for any rugby team. While N.F.L. teams can face the same short turnaround — teams occasionally have Thursday night games after playing Sunday, like the Giants and Redskins this week — football players don’t have to play both offense and defense like rugby players do, and rugby has far fewer stoppages in play for players to rest.

“You look at everything involved in rugby, and really you need a six-day turnaround,” Jones told reporters. “We didn’t get that, and you just have to accept it and suck it up. We play a high-energy game, so the boys need a break now.”〉

▼ジョーンズHCは中3日の日程を負けの理由にしないが、まともな休養がとれなかったのは明白だ〈But there is no doubt that his players did not have enough time to rest and recover, which played a part in Japan’s defeat.〉とストーニー記者は書いてくれている。

さらにこの記事には、日程の犠牲になるのは日本だけではないことが書いてある。Second-Tier――二番手、中堅のチームにとって、試合日程そのものが不平等なのだ。強いチームはとても恵まれている。

〈England, Ireland and Italy have at least a week between all their games, while the other Tier One nations — Wales, New Zealand, Australia, South Africa, France, Scotland and Argentina — will only face second-tier teams when they have quick turnarounds.〉

イングランド、アイルランド、イタリアは、試合と試合の間に最低1週間の休みが入る。ウェールズ、NZ、豪、南ア、仏、スコットランド、アルゼンチンは、短期間で試合する時は弱いチームと当たるようになっている。

日本は大敗したスコットランド戦の後、中9日のサモア戦で26対5と圧勝した。

▼上記二つの記事のような分析や指摘は、ぼくの接したマスメディアの報道にはほとんど見当たらなかった。ニッポンを強くするためには、こうした「業界(今回の場合はラグビー業界)そのものを相対化する力」のある報道を増やしたほうがいい。勝つために必要なのは「日本的精神」ではなく「科学的精神」だからだ(by「鬼と呼ばれた男 松永安左ェ門」NHK、吉田鋼太郎快演)。

あと、ラグビーは審判への抗議がサッカーと比べて極端に少ない。見ていて清々しい。


▼ラグビーで「日本がサモア撃破」の記事が各紙に載った2日後、ノーベル医学生理学賞のニュースが流れた。下記は朝日の記事。


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〈大村氏、ノーベル賞 熱帯の感染症、失明防ぐ薬 医学生理学賞 2015年10月6日05時00分 朝日新聞デジタル

スウェーデンのカロリンスカ医科大は5日、今年のノーベル医学生理学賞を大村智・北里大特別栄誉教授(80)、アイルランド出身で米ドリュー大名誉研究フェローのウィリアム・キャンベル氏(85)、中国中医科学院の屠ユーユー(トゥーユーユー)氏(84)に贈ると発表した。業績は「寄生虫による感染症とマラリアの新治療法の発見」。

大村さんとキャンベルさんは、寄生虫病の治療薬「イベルメクチン」の開発が評価された。「河川盲目症(オンコセルカ症)」はアフリカや中南米などの熱帯地方で流行し、患者の2割が失明する恐れがあるとされる。北里大によると、イベルメクチンはこの河川盲目症の治療などで年間3億人に使われ、患者を失明から救っている。

大村さんは北里研究所抗生物質室長時代の1974年、静岡県伊東市のゴルフ場の近くの土から、有望な物質をつくるカビに似た細菌を見つけ、共同研究をしていた米製薬大手メルクに送った。メルクのキャンベルさんは動物実験で効果を試し、寄生虫が激減することを確認。大村さんが見つけた物質の化学構造を変えてイベルメクチンを開発した。当初は動物の治療薬として販売されたが、その後、人でも効果があり、失明を防げることが判明。世界保健機関(WHO)が河川盲目症の制圧計画を進めた。

一方、屠さんは60~70年代、マラリアの治療薬を探すため、伝統的な薬用植物を研究。キク科の薬草から取りだした物質「アルテミシニン」がマラリアの治療に有効であることを示した。自然科学系で中国で生まれ中国で研究を続けてきた研究者の受賞は初めて。

二つの薬は、主にアフリカ地域で年間数億人がかかる恐れがあるこれらの病気の治療に使われ、ノーベル賞委員会は「人類に計り知れない恩恵をもたらした」とたたえた。〉
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▼毎日と日経も、同じように記事冒頭の文章で三氏を併記したが、読売は〈スウェーデンのカロリンスカ研究所は5日、2015年のノーベル生理学・医学賞を、大村智さとし・北里大特別栄誉教授(80)ら3人に贈ると発表した。〉、産経は〈スウェーデンのカロリンスカ研究所は5日、2015年のノーベル医学・生理学賞を、微生物が作り出す有用な化合物を多数発見し、医薬品などの開発につなげた北里大特別栄誉教授の大村智氏(80)ら3氏に授与すると発表した。〉と、記事冒頭の文章で大村氏の氏名のみを書いた。

この傾向はテレビを見るともっと顕著で、大村氏と一緒に受賞した2人のことや、3人の研究の関連などは、ほとんどわからなかった。細かいことだが、NHKのキャスターが「日本人がノーベル賞を受賞するのは、アメリカ国籍を取得した人も含めて」23人目、と言ったように聞こえたのだが、「アメリカ国籍をとった日本人」って日本語、オカシクないか? その人はアメリカ人ではないのか? 「日本人」って誰なのだろう? ただし、NHKの解説者が「大村氏がノーベル平和賞を受賞していたかもしれない可能性」に言及したのは興味深かった。

▼このノーベル賞報道を見聞きして、似たような違和感がラグビーW杯の各種報道にもあったことを思い出した。「ラグビー日本代表には外国人が多い」ことを、やたらたくさん取り上げているように感じたのだ。これは、大組織のメディアにはあまり見られない傾向なのだが、たとえば産経新聞にはこういう記事が載る。


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2015.9.19 15:00
【ラグビーW杯】
日本代表、W杯で外国出身選手が3割を超える選考事情とは…

ラグビーのワールドカップ(W杯)に挑んでいる日本代表に10人の外国出身選手が名を連ね、全31人に占める割合は3割を超えている。ルールには反していない。外国出身選手の代表に対する忠誠心も申し分ない。「ベストの選考をした」というエディー・ジョーンズ代表ヘッドコーチ(HC)の発言ももっともなのだが、独特のチーム編成は代表に対する国民の支持が広がりにくい一因でもあり、難しい問題だ。

8月31日に行われたW杯の代表発表会見で、外国出身選手の多くが通訳を介して大会への意気込みを語った。9月1日に東京・羽田空港で行われた出発セレモニーでは、見守った空港利用者から「日本代表といっても外国人が多いんだね」との声も聞かれた。

(中略)少なくない数の国民が違和感を抱いているのは確かだ。選手個々のバックグラウンドは広く知られておらず、外国出身選手が目立つ代表に国民が思い入れを持てない理由は“偏狭なナショナリズム”で片付けられるものではない。大相撲で日本人横綱の誕生が待ち望まれているのと同じく自然にわき出る感情であり、代表が熱烈な支持を得られない理由の一つではないだろうか。〉
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▼「ルールには反していない」のは当たり前で、「独特のチーム編成」でもない。こういう時に「日本代表といっても外国人が多いんだね」というコメントだけをわざわざ使うメディアの存在が、ラグビーに対する「国民の支持」の広がらない一因かもしれない。

たしかに今の日本代表には外国人選手が多い。他の国にはもっと多い例もある。外国人が違う国の代表になれる、というラグビーのルールには、イギリスの帝国主義の影響がみられる、と先述の「日刊スポーツ」に書いてあった。イギリスは、支配下のあちこちの国々からいい選手を集めていたから、ラグビーのW杯は他の競技とは異なる寛容なルールになった、という説だ。

ただし、ある国で代表になったら、原則的には他の国の代表にはなれないそうだ。国は、選ばなければならない。ある選手は、祖国を捨て、その国の代表になることを選ぶのだ。実際に、日本人選手でも他国の代表になりかけた人がいたそうだ。

ぼくは、これはラグビーの素晴らしい文化だと思う。そしてラグビーの普及は、ニッポンの血縁主義の悪い面を変えていくきっかけになりうると思った。尤も、ラグビー日本代表にとっては諸刃の剣だから、静かにラグビー人口、ラグビー人気が広がったほうがいいのかもしれない。

▼たとえば「日刊ゲンダイ」は〈W杯2勝でも拭えないラグビー日本「外国人ばかり」の違和感〉(10月6日)と題した記事で、こう結論している。


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〈体格で劣る日本はフォワードが弱点といわれてきた。日本人もレベルアップしたものの、190センチを超える7人のうち5人は、元・現外国人だ。

W杯同一大会2勝は、インチキで達成したものではないが、「歴史的快挙!」と言われても、今一つ手放しで喜べない。〉
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▼産経新聞の記事と通底する、ある種の「気分」を感じることができる。「元外国人」ってなんだろう。その人の国籍は日本だ。日本国籍をとっても日本人と認めなかったり(逆に、外国籍をとっても日本人に含めたり)、日本人から生まれた人しか日本人と認めなかったり、驚くべき強さの「血縁主義」が滲むこうした自意識は、もうすぐ高齢化で働き手がいなくなって移民を大量に受け入れるようになるんだから、本人たちの幸福のためにも早く変えたほうがいい。

ラグビー代表は、今は勝っているから「ニッポン人」がチヤホヤしているが(それでも上記のような記事が商品として全国に流通するのだ)、これだけ注目されてしまった以上、ひどい負け方をしてしまった時が恐ろしい。ここ数年、ニッポン中で起きている民族差別の数々を知ればたやすく想像できる。やれ期待を裏切られた、それこの気持ちをどうしてくれるんだ、「ニッポン人」の歓声は、物理的な攻撃を含む冷酷極まりない罵倒へと簡単に「反転」する。しかもチームの主将は「元外国人」である。

もしもこうした血縁主義を貫くなら、日刊ゲンダイは、ニッポンの「国技」相撲の最高位である横綱がここしばらく「外国人ばかり」なのだから、「違和感」を訴える大キャンペーンを張り続けなければ論理矛盾をきたす。しかしそうはならない。血縁主義に基づく「違和感」は、「論理」では解決できない「気分」の次元の問題だからだ。ラグビー日本代表に対する「ニッポン人」の「気分」も、まったくどうなるかわからない。ここで書いた心配はぜひとも杞憂に終わってほしいものだ。

▼2003年の大会以降、ラグビーW杯の予選で3勝したにもかかわらず、決勝トーナメントに進めなかった例は今まで一つもない。ニッポン人にとって、ラグビー日本代表の快進撃とノーベル賞の共同受賞は、2015年時点の「ニッポン人」とは誰なのかを写す合わせ鏡のように思える。


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竹山綴労


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