【編集方針】

 
「本が焼かれたら、灰を集めて内容を読みとらねばならない」(ジョージ・スタイナー「人間をまもる読書」)
 
「重要なのは、価値への反応と、価値を創造する能力と、価値を擁護する情熱とである。冷笑的傍観主義はよくて時間の浪費であり、悪ければ、個人と文明の双方に対して命取りともなりかねない危険な病気である」(ノーマン・カズンズ『ある編集者のオデッセイ』早川書房)
 

2015年9月6日日曜日

欧州難民危機 三つのニュース トッド『移民の運命』

【メディア草紙 1970】2015年9月6日(日)
■欧州難民危機 三つのニュース トッド『移民の運命』■

【目次】
▼三つの象徴的なニュース
▼動画紹介
▼トッド『移民の運命』の視点


▼今回の欧州難民危機を象徴するニュースは今のところ三つある。

一、オーストリアの冷凍トラック。
二、トルコ海岸に漂着したアランちゃんの遺体の写真。
三、ハンガリーのブダペスト駅。

一枚の写真の威力はすさまじい。アランちゃんの遺体写真は、ヨーロッパを文字通り揺さぶっている。

▼一つめのニュースは、オーストリアで、ブルガリア人が持ってる、ハンガリーナンバーの冷凍トラックが放置されていた、というものだ。そのトラックの中に子ども含む71人の遺体があった。窒息死である。シリア等からの難民らしい(朝日8月29日付)。

彼らは、密航船の「地中海ルート」よりも安全と思われている「バルカンルート」でドイツを目指していた。

▼これと似たニュースがあった。TBSから。

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〈先週、トラックから70人あまりの難民の遺体が発見されたオーストリアで、今度はワンボックスカーに詰め込まれた26人の難民が見つかりました。この小さな車内に26人が乗っていました。

ロイター通信などによりますと、29日早朝、ドイツとの国境に近いオーストリア北西部で、パトロール中の警察官が不審なスペインナンバーのワンボックスカーを見つけました。停止させて調べると、シリアやアフガニスタンなどからの難民26人が詰め込まれていました。ほとんどが重度の脱水症状で、病院に運ばれました。

車はドイツを目指していたということで、警察は運転手のルーマニア人の男(29)を逮捕しました。〉
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どこの新聞でもいいから、欧州の難民危機を見開き特集してほしい。

▼前号で紹介した3歳の男の子の写真について、毎日に要約記事が載っていた。「イスラム国」に攻撃されているシリアのアインアルアラブ(クルド名コバニ)出身だったそうだ。9月4日前後になると、新聞に続き、日本の各テレビ局もようやく取り上げ始めた。


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〈シリア難民:「アランちゃん」映像、波紋 男児の遺体漂着 欧州首脳も反応
毎日新聞 2015年09月04日 東京夕刊

【ローマ福島良典】トルコからギリシャに向け地中海を渡る途中に死亡し、遺体が海岸に漂着したシリア難民男児の映像が中東や欧州で波紋を広げている。シリアのメディアによると、悲嘆にくれる男児の父親は「息子はシリアの苦しみのシンボルだ」と語り、同情を呼んでいる。

男児はアラン・クルディちゃん(3)。2日未明、両親と兄のガリブちゃん(5)と共に、一家でギリシャ東部コス島に向かう密航ボートに乗ったが、約30分後に高波でボートが転覆。トルコ西部ボドルム近くの海岸に遺体が打ち上げられた。

アランちゃん、ガリブちゃん、母親のレハンさん(35)の計3人が死亡した。

シリアのラジオ「ロザナFM」(電子版)や英BBC放送(電子版)によると、トルコ沿岸警備隊に救助された父親のアブドラさん(40)は「妻子を助けようとしたが、駄目だった」「トルコ人の密航手引き業者は高波が来ると、自分だけ海に飛び込んで逃げた」と述べた。手引き業者に支払った密航料金は4000ユーロ(約53万円)だったという。(中略)

カナダ紙ナショナル・ポスト(電子版)によると、一家は過激派組織「イスラム国」(IS)が攻勢をかけているシリアのアインアルアラブ(クルド名コバニ)出身で、当初、カナダへの移住を希望していた。カナダ・バンクーバー在住のアブドラさんの姉妹がトルコ滞在費を出し、身元引受人になろうとしていたが、準備が整わなかったという。〉
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▼カナダ政府に批判が殺到しているという。

▼日本語で、難民問題を一番重厚に特集できるマスメディアはどこだろう。当面は「クーリエジャポン」方式で、自分であちこちからクリッピングするのが価値的だナ。ま、どのテーマでも、そうなんだが。

しかし、能動的にインターネットから良い情報を探し出すのはとても時間がかかる。インターネットの世界では「編集」editの価値がこれからもどんどん上がるだろう。


▼動画でも、今はどんどん日本語翻訳付きで、良質の情報を見つけることができる。ぼくがメルマガを始めた2001年には、とても想像のつかない状況だ。ここ数年、離れている間に、ずいぶんと様変わりした。ここ数日、ちょっとした浦島太郎感覚を味わっている。とりあえず、以下の二つは勉強になった。

【BBC】90秒解説 移民が押し寄せるEU、受け入れの仕組みは
https://www.youtube.com/watch?v=Jf1-SmALyzY

VICE Japanの「憎悪する欧州 ドイツ極右団体の躍進は急増する移民への怖れなのか」
原題:HATE IN EUROPE: GERMANY'S ANTI-ISLAMIC PROTESTS (2015)
https://www.youtube.com/watch?v=YZtMRuLjrao
厄介なPEGIDAのデモを特集している。

他にもいいニュースサイトがあったら教えてください。

▼今後の流れがどうなるのか、人類学者エマニュエル・トッド氏の『移民の運命』(藤原書店)が参考になりそうだ。今号では二つの観点を紹介しておきたい。

まずトッド氏は「日本の読者へ」と題した前書きで、こう書いている。


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外部から到来した人間の流入は、ヨーロッパ各国に己れの何者かを定義し直すよう迫る。その定義がどの国でも同じものではないことは、すでに明白である。

これは数十年、あるいは数世代にわたって続く、ゆっくりと進行する現象である。しかし移民流入は、国民という集団の定義という枢要の点に関して、フランス人、イングランド人、ドイツ人に共通する感受性が存在しないことを暴露するものである以上、長期的に見てヨーロッパ統合を解体する方向に働く力の一つであることは、確実であると言わざるを得ない。
1999年3月 パリ
5頁
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このトッド氏の指摘は2015年の予言のように読める。

▼『移民の運命』は家族論だ。トッド氏は「家族」の類型を示し、じつにさまざまな問題に適用していく。この家族論からソ連崩壊を予測した事実は有名だ。

彼の家族論が異様な鋭さを持っている。「近代」を見事に相対化している。〈人類学は、各脱工業化大国の中には、それぞれ特殊な無意識の原型が存在しており、それがそれぞれの国の外国人についての見方を決定し、ひいては外国人のたどる運命を決定するということを浮き彫りにするのである〉(33頁)

近代以降のどんな合理主義も、「無意識の原型」=見えざる「家族」の傾向を変えるだけの影響力は、持つに至らなかったという。『移民の運命』の快刀乱麻ぶりに接すると、納得させられる。

▼二つめの観点。トッド氏はドイツの家族の「型」の特徴についてこう指摘する。


――――――――――
兄弟間の差異化は無意識に対して、人間は互いに異なるものであり、分離されていなければならないと、告げる。

しかし父親の権威は無意識に対して、人間は何らかの中心的権力に従わねばならず、それゆえひとつにまとまっていなければならないという観念を押しつける。

この根本的な矛盾が生み出す緊張は時として、絶対核家族的な人類学的型から由来するアングロ・サクソン社会に特有の隔離の差異主義とはまったく異なる、排除ないし絶滅の差異主義の出現を招来することになるのである。
192頁
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もはやドイツが「絶滅の差異主義」――ナチズム――を繰り返すことはないだろう。そして、自国の差異主義を押しつけることもないだろう。しかし、EUで経済的に最も強いドイツは、政治的にも最も強く、その国ぶりが、よくもわるくもEU全体に影響する。ドイツが何を提案しても、それがEU内の南北格差を縮めたり、EU統合を強めることにはなりそうもない。

▼毎日9月5日付に、独仏伊の外務大臣がハンガリーの国境封鎖を厳しく批判した、というニュースがあった。独仏伊は、EU加盟国に難民受け入れの義務化を提案し、東欧、南欧は難色を示しているという。貧しい国は不平等を感じているから、当然の、いつもの反応だ。

まず動くのは「経済」であり、次に「政治」であり、最後に「文化」がものを言う。トッド氏が摘出した各国の「差異主義」の違いや、「普遍主義」との相克は、これからの欧州難民危機を考えるうえで、そして日本の移民行政を考えるうえで、とても参考になると思う。

シリアや北アフリカなどからの難民、移民が減る兆しはない。今回の欧州難民危機は、「EUの終わりの始まり」になるかもしれない。


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