【編集方針】

 
「本が焼かれたら、灰を集めて内容を読みとらねばならない」(ジョージ・スタイナー「人間をまもる読書」)
 
「重要なのは、価値への反応と、価値を創造する能力と、価値を擁護する情熱とである。冷笑的傍観主義はよくて時間の浪費であり、悪ければ、個人と文明の双方に対して命取りともなりかねない危険な病気である」(ノーマン・カズンズ『ある編集者のオデッセイ』早川書房)
 

2013年9月13日金曜日

【オフノート】東郷和彦 32/三つの領土問題――竹島

【PUBLICITY 1940】2013年9月13日(金)

【オフノート】東郷和彦 32
三つの領土問題――竹島


▼東京五輪が決定する前日、讀賣新聞に「両陛下、地震展を見
学」というベタ記事が載っていた。天皇と皇后が9月6日、上
野にある国立科学博物館の「日本地震学の基礎をつくった男『
ジョン・ミルン』」を見学したという。

天皇は「最初に地震計が作られたのは日本なのですね」とコメ
ントしたとのこと。

それだけの記事なのだが、どうも気になった。

▼東郷和彦さんのロングインタビューは、ここから「三つの領
土問題」についての検証が始まります。


【オフノート】東郷和彦32
〈三つの領土問題――竹島〉

――――――――――――――――――――――――――――
pax optima rerum,quas homini novisse datum est:
pax una triumuphis innumeris potior.

人間に知るべく与えられた事のなかで平和は最上のものである。
一つの平和は無数の凱旋に優る。
シリウス・イタリクス
――――――――――――――――――――――――――――


【日本の「ガラパゴス化」を知れ】

――「北方領土」「竹島」「尖閣」の三つの領土問題について、
東郷さんの意見が最も簡明に要約されているのは「月刊日本」
2012年10月号の記述だと思います(【】内は竹山)。


――――――――――――――――――――――――――――
尖閣諸島をめぐる中国との武力衝突は、抑止力と対話【=2つ
のD】で跳ね返す。

慰安婦問題【=竹島問題】は謙虚さを基本に据えて国際情報戦
に勝つ。

北方領土交渉は、超党派で引き分けに持ち込む。

これら一つでも失敗すれば、取り返しのつかない禍根が残るだ
ろう。

33頁
――――――――――――――――――――――――――――


――今年の2月から始まった、琉球新報と山陰中央新報の合同
企画「環りの海 尖閣と竹島」の連載第1回目に、東郷さんの
インタビューが載っていました(2013年2月22日付)。
「翻弄される国境の民」という大見出しが印象的な見開き紙面
でした。

あのインタビューでも、このところ一貫して主張しておられる
2つのD、「抑止」と「対話」について繰り返しておられまし
たね。

【註】
▼東郷さんの「環りの海」インタビューのポイントは以下の一
節。最も戦争に近くなっている「尖閣問題」を念頭に置いての
発言だが、すべての領土問題に通ずる視点である。


――――――――――――――――――――――――――――
戦前の外交官は外交が失敗したら戦争になると染み付いていた
が、後の世代は外交の失敗の後に戦争が来る怖さを知らない。

抑止と対話の両方が求められる。抑止だけでどうなるかは歴史
が証明している。相手が武力を使うのではという懸念がむしろ
現実を呼び込む。連鎖を断ち切るにはどうしても対話が要る。
――――――――――――――――――――――――――――


東郷 あのインタビューは山陰中央新報の方から声をかけてい
ただき、ありがたく思いました。

まず竹島については現在、解決が極めて難しい。韓国の「独島
憧憬主義」は手の打ちようのないレベルになっています。戦後
68年のあいだにつくられてきた今の現実です。

それを、「日本固有の領土だ」と言い募って取り返そうと思え
ば武力しかない。日本国民が考えるべきだと私が思うことは、
「本当にそのつもりなんですか」ということです。その覚悟が
ないのなら、それなりに対応しなければならない。「あれは俺
の島だ」と言って、ただ旗を掲げて「けしからん、けしからん」
と騒いでいるだけの「ナショナリズム」は陳腐であり、まった
く戦略がないといわざるをえない。

私は、結論は共存しかないと考えます。「100年かけても取
り返す」という決意なら話は別だが、日本はそれだけの交渉は
してこなかった。ロー・ダニエルの『竹島密約』で書かれてい
る密約については、外務省はその存在を否定しています。しか
し日韓関係は、密約が「あたかもあったかのごとく」、196
5年から金泳三が登場するまで、動いたわけです。

共存する方法を考え、かたちにすることは可能だと思っていま
す。新刊である『歴史認識を問い直す』にも書きました。しか
しその考えは島根県民のナショナリズムとはピタリと合わない
部分があると思っています。だから山陰中央新報から打診を受
け、琉球新報との合同企画である旨をうかがい、私は強く関心
をもった次第です。

――この竹島問題で絶対に避けて通れないのが慰安婦問題であ
り、極めて重要だと繰り返し訴えておられますね。いま日本に
「慰安婦問題をめぐるガラパゴス化」が起こっている、と。


【註】
▼東郷さんは「ありとあらゆる機会をとらえて」と言っていい
ほどに、何度も慰安婦問題の危険性について警鐘を鳴らしてい
る。以下はその一部。


――――――――――――――――――――――――――――
「(慰安婦問題は)日韓関係だけでなく、日米関係の根幹をも
崩しかねない極めて深刻な問題である。慰安婦問題に関しては、
安倍政権は既に不利な状況に置かれている」「私たちは現在が
準戦時状態にあることをしっかりと認識し、慰安婦問題と尖閣
問題がリンクしているという現実を直視する必要がある」(「
月刊日本」2013年2月号)

「安保条約が機能するために何よりも不可欠なことは、日本が
アメリカと深い所で価値観を共有する国だとアメリカの世論が
確信していることだ。アメリカの世論が賛同しなければ、アメ
リカ政府が日本のためにアメリカの若者の命を差し出すことは
ない。慰安婦問題はその確信を根底から崩しかねないものなの
だ」(同)

「日本が世界の中で本当にふっ飛ばされかねないのは、慰安婦
の問題です」(日本記者クラブ研究会2012年11月)

「恐ろしいのは、問題の根源が慰安婦にあるというのをほとん
どの日本人は知らないと言う事実です。この無知は狂気に通ず
ると思います」(「レコンキスタ」2013年3月1日付=2
月6日の講演記録)

「三国(=中国、韓国、米国)との関係は全て繋がっており、
打つ手を間違えれば日本は本当に孤立するでしょう」(同)
――――――――――――――――――――――――――――


――すでに『歴史と外交』でも同様の危惧が記されていました。
先日の共同通信のインタビューを読んで、「ああ、状況は変わ
っていないんだな」とつくづく感じました。

東郷 これは深刻です。共同通信のインタビューは、ジャパン
タイムスが英訳してくれましたが、多くの反響がありました。
慰安婦問題については、このまま進むと日本外交に計り知れな
い深刻なダメージを与えてしまうことになります。


【註】
▼共同通信のインタビューとは、各県紙を中心に連載された
『「国と国」を語る』と題するシリーズの一回。ぼくは琉球新
報で読んだが、見出しには

「談話見直せば欧米反発」
「慰安婦問題 国際世論知れ」

という強い文言が並んだ。なぜ慰安婦問題が危険なのか。その
理由が次のように要約されている。


――――――――――――――――――――――――――――
(慰安婦問題に)奴隷狩りのような強制性があったかどうかを
国際世論は問題にしていない。

米国の友人らは「甘言をもって」、つまり仕事の内容を偽って
女性を集めたというだけで完全にアウトと考えている。

性暴力問題に国際世論は非常に厳しい。自分の娘が同じ境遇に
置かれたらと多くの人は考える。当時の社会状況の中では仕方
がなかったという説明も、奴隷制について今の米国で「仕方が
なかった」と発言するに等しい。猛烈に攻撃される。

歴史問題には靖国、南京虐殺などいろいろあるが、慰安婦問題
と他の問題では欧米人の嫌悪感のオクターブが違うと感じる。

「琉球新報」2013年1月29日付
――――――――――――――――――――――――――――


▼ぼくはこの慰安婦問題を正確に理解することが、「苦しんだ
人たちにとどく謝罪の言葉」(『歴史と外交』)に通じる、「
メモリーの息づいたロジック」を生み出す第一歩だと思う。


(つづく)


【付記】東郷さんのインタビューが連載第1回に掲載された「
環りの海」(琉球新報と山陰中央新報の合同企画)は、今年の
「新聞協会賞」を受賞した。琉球新報は8年ぶり4度目、山陰
中央新報は初の受賞。


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