【編集方針】

 
「本が焼かれたら、灰を集めて内容を読みとらねばならない」(ジョージ・スタイナー「人間をまもる読書」)
 
「重要なのは、価値への反応と、価値を創造する能力と、価値を擁護する情熱とである。冷笑的傍観主義はよくて時間の浪費であり、悪ければ、個人と文明の双方に対して命取りともなりかねない危険な病気である」(ノーマン・カズンズ『ある編集者のオデッセイ』早川書房)
 

2013年9月14日土曜日

【オフノート】東郷和彦 33/三つの領土問題――尖閣 その1

【PUBLICITY 1941】2013年9月14日(土)

【オフノート】東郷和彦 33
三つの領土問題――尖閣 その1


▼今号と次号とは、東郷さんが「戦後の日本外交史上、最大の
失態」と定義する尖閣諸島問題について。


【オフノート】東郷和彦33
〈三つの領土問題――尖閣 その1〉
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in pace leones saepe in proelio cervi sunt.

平和における獅子は戦においてしばしば鹿なり。
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【戦後外交最大の失態】

東郷 尖閣問題が存在する、しない、ということについて、私
は以前から日本政府とは違う意見を言っていますが、それはそ
れとして、中国に対しては厳しい意見を言っているつもりです。
とにかく「実力行使によって現状を変更する」という今の中国
の態度は絶対にやめさせなければならない、というのが私の意
見です。これは今の日本政府以上に厳しいともいえる意見であ
ると認識しています。

日本の領海内に中国の船が領土主張のために入ってくる、とい
う現在の事態は、本来、海保が撃沈してしかるべき話です。先
日、ロシアの友人と話をしました。「北方四島の領海の中に海
上保安庁の船が入ったらロシアはどうするか」と尋ねたら、「
当然、撃沈する」と。竹島の領海に関しても同じですね。いま
海保が入ったら撃沈されますよ。その一点だけでも、大きく中
国に攻め込まれているわけです。

態勢を整え、「何月何日以降、了解に入ったら撃沈する」と伝
えうるように準備するべきです。そのうえであらゆる話し合い
をする。「交渉はする。しかし領海に入ってきたら撃沈する」
ということです。

私は中国は国連憲章2条4項に違反していると言ってよいので
はないかと考えます。武器を持っているパラミリタリー(準軍
事的)な船に領海を侵犯されて、どうして国連憲章違反を訴え
ないのか。正直言って、私にはよくわかりません。


【註】
▼一水会の機関紙「レコンキスタ」に、東郷さんの率直な意見
が記されている。事の始まりは、2008年12月、中国の公
船2隻が、日本の領海に入り、9時間以上航行した事件である。


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この事件の後、「中国領である事を示す為に、実効支配の実績
を積み重ねなければならない」と、記者会見で海洋当局の公式
スポークスマンが明言しました。日本の報道では小さな記事で
したが、私は本当に驚きましたね。「これは戦争を意味するな」
と思いました。

今の中国がもっとも恐ろしいのは、この実力行使は「当然だ」
と言っている事でしょう。この背景にあるのは中国の国力強化
です。阿片戦争以来の屈辱からの克服が中国の歴史では受け継
がれてきました。八〇年代は経済力増強、九〇年代に政治力増
強に転化、そして二〇〇〇年代からは軍拡を始めます。

経済、政治、軍事と来て、1895年以降日本の実効支配の下
にあった尖閣領海への「実効支配の為の実績」にまで、行き着
いたと言えます。この先にあるのは、いよいよ文化による新中
華でしょう。

(中略)

しかし、まずは尖閣です。中国船の領海侵入が恒常化してしま
います。これに対して日本は止める手段がありません。外交上
の大失敗と言えるでしょう。

単に領海に入るだけではなく、「清王朝末期の崩壊状況下、日
本帝国が侵略の過程で領土を奪った」と言うストーリーを中国
国民に打ち込む事になりました。これは国際法とは別の観点で、
中国国民に「尖閣は奪われた領土だ」という「正義」を植えつ
ける事になります。

言わば尖閣問題の「台湾化」です。台湾を取り戻すのと同じレ
ベルで尖閣奪回を言う様になるでしょう。さらに言えば、「尖
閣の台湾化」は「日本の台湾化」でもあります。実に深刻な状
況を作ってしまいました。一つの措置(=国による購入)がこ
れだけの状況を生み出した。

結果として、戦後外交最大の敗北と言えるでしょう。

もっとも中国にとっては国有化に至る過程で、日本を泳がせて
いたのかもしれません。七月の購入宣言から九月までは中国側
は静かでした。「三つのNO」――尖閣に上陸しない、調査し
ない、施設を建てない――これを守っていれば中国は問題を悪
化させないと言うメッセージを中国は送っていました。この一
見柔軟なメッセージの限界を読み取れなかった事が、現下の危
機に繋がったと言えます。

「レコンキスタ」2013年3月1日付
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――この時のことは、日本記者クラブ研究会の講演でも言及し
ておられましたね。


【註】()内は竹山。
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私の認識では、ここで(=2008年12月段階で)、トウ小平
が言った「次の世代に知恵を出す」ということは基本的には終
わった。私はちょうど日本に帰ってきたときだったのですが、
その記者会見の報道をみて、一体何が起きたのかと本当に椅子
から転げ落ちるくらいびっくりした。

そのとき、マスコミにはすぐ物を言わなかったんですけれども、
2010年の漁船の衝突が起きた後に、9月30日に日本の新
聞に私の意見を書きまして、もう2008年の12月から世の
中は変わっている、日本は変わった世界で生きるということを
自覚しなくてはいけない。それで日本には新しくやらなくては
いけないことがあるということを書いていたわけであります。
ただ、そういう新しいことが行われないうちに、ことし(20
12年)の事件が起きてしまった、というのが大きな流れだと
思います。
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東郷 2008年12月の事件は、本来は各紙1面トップで取
り上げるべきニュースだったと思います。この時の中国の発言
は、何度も申し上げますが、信じられないくらい無茶苦茶なも
のです。

もし日本の海保が北方領土に関してああいうことを言ったら、
もう日露関係は完全にアウトになる。言っただけで、です。も
しも本当に領海に入ったら、何もしなくても撃沈される。それ
だけのことを中国は行動し、明言し、日本はほぼ無反応だった。

そして、2010年の9月7日に漁船の衝突が起きた。日本は
あの時、国内法の適応という対応をしました。中国は「これで
日本はトウ小平の遺訓を破った」と主張した。

確認しておきますが、あの時点では、中国のほうは既に棚上げ
という遺訓を破っているんですよ。

――2008年の12月の時点で中国は遺訓を破っている、と
いうことですね。

東郷 そうです。さらに言えば、中国が1992年に施行した
領海法に端を発している。この法律に、尖閣も南シナ海の島も
中国のものだとはっきり書き込んだ。当時の外務省は非常に警
戒し、中国に対して激しく抗議するとともに、「もはや解決す
べき棚上げ論は存在しない」という立場が形成されます。

少なくとも1996年4月の日中漁業協定のブリーフィングで、
日本は「日中の間に解決すべき領土問題はない」と言い出した。
それは92年の領海法への対応から始まっている動きのようで
す。

私は、日本政府は「領土問題はない」という立場をとることに、
少なくとも二つの問題点があるということを、一貫して言って
いるわけです。

日本は中国に対して「けしからん、けしからん」とずっと言い
続けているわけですが、ほんとうに領土問題が存在しないのな
ら、尖閣を実効支配すべきなんです。しかし、支配していない。
尖閣を「ヤギの島」にしており、「ヤギ」すら駆除できないで
いる。つまりそれは、「日本は今もトウ小平の遺訓を守っている
」ということです。法律的には「領土問題は存在しない」とい
う最も強い立場をとりながら、政治的には、いまだにトウ小平の
遺訓を守るほどに領土問題の存在を認めている。

実効支配はしないで、口先だけで「存在しない」と言っている。
大きな矛盾です。

竹島について、韓国が「領土問題は存在しない」と言っている
のは、わかります。韓国にとっては「本当に存在しない」のだ
から。すなわち「領海に入ってきたら撃つぞ」ということです。
ロシアが北方領土について同じことを言うのもわかる。

ところが尖閣は、日本は「問題が存在しない」と言いつつ、トウ
小平の遺訓を今に至るまで守っているのです。この日本のヒポ
クラシー(=偽善)というか、腰の定まらなさというか、それ
ゆえに国際社会は日本の政策が何なのかわからないし、それゆ
えに日本は支持されない。これだけ中国に対して強い立場に立
っているにもかかわらず、です。

――「言ってることとやってることが違う」ということですか。

東郷 残念ながらそういうことになってしまっている。本当に
存在しないのなら、存在しないように対応しないといけない。
しかし、もしも今、それをやったら、確実に戦争になります。
しかし戦争の準備はできていない。

――……。

東郷 少なくとも山本五十六は、1年から2年は暴れてみせま
す、と言った。実際、ミッドウェーまでの6ヶ月間は、帝国陸
海軍は勝っていた。半年勝つだけの準備はしていたんです。ミ
ッドウェーの失敗がなかったら日本の制海権はあと一年くらい
延びた可能性があった。つまり、少なくとも山本五十六が言っ
ただけの準備を帝国陸海軍はしていた。

ひるがえって今は何をしているかということです。それにして
は「今戦争すれば勝つ」という方が、自衛隊関係の方には多い。
「やるなら早くやれ」と。内情はよくわかりません。

このままでは、中国がなんといおうと日本は軍拡の時代に入ら
ざるを得ません。

――その趣旨を、東郷さんは岩波ブックレットに書いておられ
ましたね。しみじみ読みました。


【註】(【】は引用者)
▼以下、岩波ブックレットに掲載された「2つのD」について
の要約である。


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一つは「抑止の政策」(Deterrence)であり、日本政府が、二
〇一〇年一二月に策定した「防衛計画の大綱」で強調された動
的防衛力や、海上自衛隊の兵力強化、南進シフト、米国との一
層の調整の強化などの動きは、これから不可避的に強まってい
くのだと思う。

もう一つは、「対話の政策」(Dialogue)である。相手が最終
的に実力を使う可能性がある時に、相手がそういう行動をおこ
さないように、ねばり強い対話を進めることは、外交の出発点
である。戦前の日本の外交官は皆、外交が失敗したら戦争にな
るということをDNA感覚で理解し、基本的には、戦争になら
ないために、命を懸けて仕事をした。六七年間の平和の中で、
今日本人は、忘れていたこのDNA感覚をとりもどさねばなら
ない。

『「領土問題」の論じ方』56ー57頁、
2013年1月9日第1刷
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▼この文章のタイトルは「北東アジアの領土問題解決のための
三原則」。その骨格部分は以下の通り。ぼくは納得した。


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三つの領土問題をどのようにして解決すべきかについての、「
行動規範」を提案しようというものである。この「行動規範」
は、筆者が長い間携わってきた日ロ北方領土交渉の経験に基づ
いて考えたものである。

筆者がこの考えを最初に世に明らかにしたのは、二〇一一年五
月の上海フォーラムにおいてであった(『産大法学』第四五巻
第三・四号、七八三ー802ページ)。

この規範を提案する最も大きな目的は、北東アジアの領土問題
を、武力ではなく話し合いによって決着させることにある。交
渉で解決しようというのは、必ずしも自明な基準ではない。し
かし、戦後日本の価値観と国造りの在り方からすれば、おそら
く日本の国益として、日本国民の概ねのコンセンサスを得られ
ると思うのである。

行動規範は、三つの原則によって構成される。

第一に、現状変更国は、物理的な力の行使を控える。

第二に、実効支配国は、前提条件なしに話し合いに応じる。

第三に、双方が、衝突を回避し、協力を拡大する知恵を探求す
る。

46-47頁
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▼この「岩波ブックレット」に載った東郷さんの提案は、同じ
内容が「月刊日本」や「レコンキスタ」にも掲載されている。


東郷 いまの日本の尖閣をめぐる外交政策は危険だ、という趣
旨の私の投稿が朝日新聞に載ったのは2010年の9月30日
です。

その要旨は、まず、抑止とダイアローグとに取り組むべき時に、
「領土問題は存在しない」というグロムイコ式の屈辱を繰り返
すのは危険である。そして、実際には(トウ小平の)遺訓を守っ
ている人間が口先だけで勇ましいことを言っても通用しない。
この二つの理由で「領土問題は存在しない」とは言わない方が
いい、と朝日新聞に書きました。

いま振り返ってみて、その当時としては勇気ある発言だったと
思います。なぜかというと、当時の世論は96年以来の「(領
土問題は)存在しない」という論調が完全にできあがっていた
。しかし私は当時「もうやめるべきだ」と思ったわけです。

――お話をうかがっていてつくづく思ったのは、「北方領土」
と「竹島」では、日本が繰り返している要求をめぐって戦争が
起きるということはないから、「尖閣」とはまったく違う問題
なんですね。

東郷 そうです。尖閣に関しては中国が戦争を用意しており、
武力を使うことはわかっています。

確認しておきたいのは、日本が「領土問題は存在しない」とい
う立場をとっているからといって、今の中国の行動が正当化さ
れるわけではないんですよ。そこで、日本は「領土問題は存在
しない」と言うことをやめて、「話し合いをする」と言うべき
と考えたのですが、2012年9月以降、中国は公然と尖閣領
海への侵入をくりかえすようになった。これは状況の変化です。
そういう状況下で、日本がまずやるべきことは、「話し合う用
意がある」ということを明らかにするということでしょう。

岩波ブックレットに書いた「三つの原則」にあてはめて考えて
みると、日本は「話し合いを始める」、中国は「武力を使わな
い」、この二つを両方が守ることが、領土交渉を成功に導く条
件だ、というのが私の意見です。しかし仮に、日本が今までど
おり「領土問題は存在しない」と言い続けた場合、そのことが
「中国が日本の領海に入る権利を与える」のかといえば、それ
は国連憲章の下に「与えない」んですよ。

かつてソ連のグロムイコが「領土問題は存在しない」「したが
って話もしない」という二つのNOを言っていた時、日本は北
方領土の領海に入らなかった。日本はグロムイコの発言に対す
る対抗措置として、外務大臣の訪ソをやめました。これは、そ
の程度のマージンの話であるべきなんですよ。

ところが今、中国は「日本が尖閣の国有化を謀った」という完
全に誤った情報を発信し、このことが中国の行動を正当化する
と言っている。しかし、一連の動きは、明らかに中国がトウ小平
の遺訓を破ったところから始まっています。これはもっときち
んと世界に対して発信し、論証しなければいけない点です。

(つづく)


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